敷地は約20万㎡(6万坪)。樹齢500年のスギやヒノキ、ケヤキなどの木々が子どもたちを見守り、のびのびと体を使った遊び場には事欠きません。年2回の神社の大祭や月々の行事にも子どもたちは興味津々で、自然と手を合わせて感謝の仕草を会得していくようです。現在、園児は、0歳から就学前の90人(うち障がい児は例年6〜7人)で、職員は、保育士・栄養士・調理師・療育指導員の19人で構成されています。また、敷地内には、放課後児童対策として、やはた学童クラブ(児童35人・指導員3人)を併設しています。
私は音楽か体育の道に進みたいと思っていたのですが、この時はどういうわけかすんなりと父の意見に従いました。ところが、在学中に父から「境内で保育園をやってほしいと市長さんより要請があった。自宅跡地に福祉施設を建てるならご先祖様も許してくださるだろうが、やってみる気持ちはあるか」という電話が入り、子ども好きだった私は「やってみたい!」と即答していました。それで、卒業と同時に保育園を開設、奈良の春日大社に奉職していた今の夫(園長:山内光洋)と結婚、それぞれ神社と保育園をやっていくことになったのです。今思えば、神様のお導きであったのだろうと思います。今から30年前、昭和54年4月のことでした。
祖母が教えてくれた“心のふるさと”
私は、母に抱っこしてもらうというより、祖母に育てられたので、祖母の死がとても悲しかったです。郵便局に行く手前にお墓があります。そこで立ち止まって祖母のことを考えると今でも涙が出てしまいます。「私にとって本当に心のふるさとなのだな」と思います。祖母はもういないけれども、何かが私の中に生き続けています。
つい先日、近所に住む第1期卒園生に、早朝ジョギングの途中で声をかけられました。後で保育園に行ってもいいですかということだったので、なんだろう?と思いながら待っていました。今は一児の母になった彼女ですが、中学時代不登校で辛い思いをしたようです。その後、叔母さんのお店で働いて、その店を将来任されるまでになったという報告に来てくれたのでした。これもみんな周りの人のお蔭だから感謝したいと言って、涙ながらに話してくれました。その際開園30周年の記念につくった当保育園の理念ブックを差し上げたところ、感動した彼女はお祝いにとランの花を持って再度訪ねてきてくれました。
30年前、彼女が遊んだ園庭は樹木も生長し、少しずつ姿を変えていますが、喜びで満ちあふれていた幼い日の自分の姿を見たのかも知れません。彼女にとって心のふるさとになってくれていたのかなあ…と、とても胸が熱くなりました。
保育園は人生の第一歩を踏み出し、自我に目覚める数年間を過ごす大切な場所です。 1人ひとりの子どもたちが、保育園を「ふるさと」と感じ、いつまでも、ここに帰ってきたら心から安らぐことができるような園であり続けたいと思います。
やまうち・きよみ 1956年茨城県・大宝八幡宮宮司の長女として生まれる。1979年境内に社会福祉法人やはた福祉会大宝保育園(山内光洋園長)開設。主任保育士として現在に至る。1996年から保育の日課を午後昼寝から午前昼寝に変えるなど、子どもたちの身体機能を高めるカリキュラムを積極的に取り入れる。特に障がい児保育に力を入れ、朝の運動プログラムで機能訓練・促進を図る。趣味はジョギングで、1995年ホノルルマラソン完走をきっかけに早朝ジョギング実施(年間走行距離2000キロ)。他にピアノ・エレクトーン・篠笛。地域のボランティア活動を長年実施。EMについては八千代町で美容室経営・生井香代子さんから伝えられ、数年前から園全体に活用している。生井さんとともに、比嘉教授や比嘉節子さんによる講演会・講習会を開催し、保護者をはじめ地域への普及に努めている。
第11回鎮守の森で"心を育てる"保育をめざして
第10回保育園に関わるすべての人に
第9回園長から職員に向けてのメッセージ
第8回子育てのパートナーになりましょう
第7回デイリープログラムを見直す
第6回食育活動「いのちをいただくということ」
第5回心身共に健やかに成長する2
第4回心身共に健やかに成長する
第3回自立できる子どもへ2
第2回自立できる子どもへ