例えば、以前、筆者の友人が、「今度、うちに遊びにおいで。裏庭でオリーブを育てているから」と言うので、誘われるがままに行ってみると、裏には、見渡す限りのオリーブ畑が広がっていた。最低でも60aくらいはあっただろうか?!とんだ“裏庭”で、びっくりした経験がある。
アメリカでは、農業人口は減っているのに、耕地面積は変わらない、と言われる。つまり、ほんの一部の農家が、大規模機械農業によって食糧を供給していることになる。それはある意味、危険をともなうとも言える。もし、そのほんの一握りの農家が、「全員、遺伝子組み換え作物を栽培し始めたら?」と、想像すると空恐ろしい。
だが、最近のオーガニックの動きがそれを変えつつある。
小さい農家の結集がつくる大きな流れ
アメリカ農務省の統計によれば、有機栽培認定農家の数は、2008年までの7年間に、ニューヨーク州では161%増加。合衆国全体では76%増。また、ニューヨーク州の耕地面積と農業人口を比較してみると、2007年までの10年間で、耕地面積は2%減っているのに、小規模農家(40ha未満)の数は、約5%増えている。多くの場合有機農家は小規模なので、それが数字に表れたと言えるだろう。
1983年に発足したNOFA-NYは、発足当初は、有機農家4人の集まりに過ぎなかった。その後、有機認定団体(NOFA-NY,LLC)として登録。2010年までに有機農家約600戸を認定するまでに成長をとげた。現在ニューヨーク州全体では、他団体によって認定された有機農家も含めると約900戸にものぼる。
NOFA-NYの体制は、農家中心で、会員のニーズにすぐに応えられるようになっている。新しい技術があれば、シンポジウムを開き、農園での実地指導も行った。一方で、消費者を教育するとともに、若い農夫も育ててきた。地道に小さな農家を集め、育成し、大きな運動に盛り上げる一翼を担ってきた。
NOFA-NY,INC.事業開発部長リア・コーンさんは、最近のオーガニック業界盛り上がりの原因の一つに、若い世代の関心の強さをあげる。これから農業を志す人々の多くは、当然のごとく、オーガニックであることを視野に入れている。なぜなら、そもそも有機・自然農法では、農薬などで生命を殺さないため、大自然の命の尊さを学べ、生きがいや楽しさが感じられるからだ。
確かに技術的、労働的な抵抗もあるかもしれない。しかし、彼らは、農業を単なる無機的な労働と見ずに、土と触れ合う喜びが味わえるライフスタイルだと考えるようだ。消費者と生産者が完全に分かれてしまった時代に生まれ育った彼らだからこそ、よりいっそう有機農業での体験が新鮮で衝撃的に心に刻み込まれ、違った感性で新しい時代をつくりあげる原動力となっているのだろう。
コーンさんは、「今後このオーガニックの動きが主流になり、有機農家の耕地面積が増え、新鮮で安全な食品が行き渡って欲しい。そのためにも、どんどん若い世代を育てていきたい」と希望に燃えている。
価値観が変わり新しい時代へ突入
リーマンショック以降、アメリカ人の価値観が変化したと言われるが、それは、毎日の生活の中でも感じとれる。売れる商品が、ガラリと変わった。それは、安いものが売れるという意味だけではない。ジョン・ガルゼマ氏は著書「スペンドシフト」(“Spend Shift,"Josshey-Bass,2011)の中で、こう述べている。ブランドイメージに求めるものは何か、のアンケートに対しての答は、以前は主流であった「自分だけのもの。流行、優越性。大胆さ」などが影を潜め、「親切、共感、高品質、社会的責任」などが人気だと。
問題点がないわけではない。例えば、最近のアメリカの自給率は100%を切り、食糧を輸入に頼り始めた傾向が見え始めている。他にも、国家予算の使い方がある。
確かに、連邦政府は、有機農業認定事業に関する職員や全体の予算、若い有機農家に対する奨励金や有機栽培移行農家への補助金を増やしてきた。しかし、一方で、「新しい農業技術に対する研究開発費やグラントは、年々少なくなり、やりたい研究ができない」と嘆く研究者らも少なくない。前述の(Part1)研究発表シンポジウムでのディスカッションでは、先行きを心配するバーモント大学やコーネル大学農学部研究者、現場リサーチを手助けする農家らが不安を隠せずにいた。
課題は多いかもしれない。しかし、それを前向きに、新たなる挑戦ととらえる確固たる決心とやり抜くエネルギーが、オーガニックに携わる人たちの間で培われていると感じた。今、アメリカ社会は、大きく変化し、新しい価値観による創造的な社会をつくろうと動き出したのかもしれない。(ニューヨーク特派員:荻野未来)
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