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魚柄仁之助さん  食文化研究家
うおつか・じんのすけ 1956年、福岡県北九州市生まれ。大学で農業を学び、その後バイク店を18か月、古道具店を10年間経営。94年に著書『うおつか流台所リストラ術~ひとりひとつき9000円』がベストセラーになり、以後、健康的でむだのない食生活を提言し続ける。コミック『おかわり飯蔵」(原作)はドラマ・DVD化された。
宗教も国家も食の前にはない
―― 農学部の学生時代から食の研究をなさってたのですか?

魚柄 僕は宇都宮大学の農学部に行ったんですが、それは何も志があったわけではなくて、たまたま入りやすそうなところを受けたら合格しちゃったんです(笑)。高校時代はバンドばっかりやってて追試の常連でしたから、学校側もびっくりして、慌てて追試をまたやって卒業させてくれてね。

ただ、農業が知りたいとは思ってました。ですから1年生の頃から一般教養はろくに受けず、興味のあった経営関係の授業ばかりに出ては全国の県庁の畜産課、営農課を回ってました。そこで飼料作物の輸入状況や自給率の数字なんかを見せてもらい、実際に北海道のパイロットファームや酪農家を訪ねたりしてたんです。

すると、日本の農業はすでに工業になってしまっていた。牧草で飼育しても牛乳の乳脂肪率は3%にも満たないから、アメリカから安いコーンを輸入して乳脂肪率を上げる、とかね。そんな現実を目の当たりにして、「この国はもう農業を捨てているな」と危機感を抱いたんですが、じゃ、自分が農業のどのポジションにいくのかは分からなかった。まさか農水省に入る柄ではなし、百姓やるのもちょっと違う。アプローチの仕方がなかなか分からなかったんですね。

それで大学はろくに行かなくなって、日本中アルバイトしながらぶらぶらして、とにかくいろんな人に会ってました。そんな中で「ああ、人間の営みというのは、山の中だろうが海辺だろうが、政治家だろうが宗教家だろうが、みんな何かを食べてうんこして生きてるんだね……」と実感して、将来的には食文化論をとことんやろうと考え始めたんです。「食いっぱぐれないな、この商売は」とね(笑)。

結局、大学は6年で中退したんですが、その後バイク店や古道具屋を経営しながらも、「いつかは食に関する本を書こう」と思って、ひたすら食のフィールドワークを続けてました。

面白くて役立つ講演会が大人気
―― 本とともに楽しい講演会も大人気だそうですね。

魚柄 先日も司会の人に「先生はジャーナリストなんだかコメディアンなんだか分からない」と言われたんですが、みんな僕の話を聞くと腹抱えて大笑いしますね。

昨年奈良の講演会で面白いことがあったんですが、僕が「大豆を米と一緒に寝る前炊飯器に入れておくと、朝には豆ご飯ができて手間いらずです」なんて話をしたら、一番前のおばあさんが、「戦争中、銀シャリにあこがれてたからモノが入ってるご飯はイヤだ」って言うんです。「じゃ、炊飯器の真ん中にワンカップの空きビンでも立てて、その中に豆と水を入れとくと別々にできるよ」と返すと、「ウチは1升瓶で酒買うからビンがない」と言う。「まあ、一晩だけ父ちゃんにお願いしてワンカップ飲んでもらいなよ」というと、「ウチの父ちゃん、もう死んだ」って(笑)。

だんだん掛け合い漫才みたいになってきて、「それじゃあ、オレが帰りに駅でワンカップ買って飲んで空きビンあげるよ」と言ったんですが、それでもおばあさん嫌そうな顔してる。口ごもりつつ、「私しゃ、豆食べると腹下す」って。それを先に言え、ですよ(笑)。

とはいえ、たしかに年齢とともに胃液の分泌量は減っていくから、73歳だというおばあさんに年齢による胃液の逓減(ていげん)率を説明して、「豆がダメなら豆腐や湯葉なんかの消化のいいものに替えればいいよ」と言うと、「先生、どうしてそれを最初に言わん!」ときた。もう、会場は爆笑の渦でしたよ。

インタビュー中も魚柄さんの軽快なトークに笑い声が絶えない インタビュー中も魚柄さんの軽快なトークに笑い声が絶えない
しかし、そんな面白い話の方が人の記憶に残るもんなんですね。大豆は無添加表示の水煮でもpH調整剤なんかが入ってるし、煮豆になると添加物だらけです。食品は加工度が高くなるに従ってブラックゾーンも増えますから、できるだけ素材から調理した方が安全で栄養価も高い。でも、そんな小難しい話から入るより、「この間奈良のバアサンがさあ…」って言う方がみんなよく覚えている(笑)。

僕は講演後も帰りの便ギリギリまで、会場に来てくれた人と一緒にお茶飲んだり酒飲んだりして付き合います。主催者が会場の片付けしてる間に打ち上げ会場でメシ作ってることもあります。魚下ろしながら、「オィ、皿並べとけ!」とかね(笑)。だって、地方の人たちって一生に一度会えるかどうかだし、主催者も手弁当で一生懸命やってくれてるわけですから。

そしてまた、この講演が新たな出会いを生むことだってあるんです。打ち上げ会場に取り寄せた僕が好きな地酒の蔵元と、地元で有機米つくっている人たちが出会って、「じゃ、今度ウチのお米を使って仕込みませんか」とかね。今、必要なのはそんなコーディネートだと思ってるんです。

今こそ食のプロデューサーが
魚柄 数年前、長野の有機農研(有機農業研究会)の人たちと飲んだ時にも、「折れたり割れたりして出荷できないゴボウやニンジンを畑で腐らせている」と言うから、それはもったいないと思ってある商品を企画したんです。

規格外で出荷できないゴボウやニンジン、カボチャやレンコン、ナスなどの野菜をピーラーでささがきにして一週間ほど完全に乾燥させ、袋詰めのパックにしました。それに「味噌汁のお友達、これを鍋に入れて水を張っておけば、栄養満点の味噌汁が包丁いらずでできますよ」というポップをつけていくつかのオーガニックショップに置いてもらったんですが、なんと200袋が即完売です。

消費者にとっては根菜類が手間いらずでたくさん摂れて大助かり。売る側にとっては場所も取らずに常温で半年もつからリスクが少ない。生産者は野菜を腐らせずにすんだ上に、生で売るより2倍儲かる。誰もが喜ぶ商品なんですよ。

有機農業やってる人たちも一生懸命生産はしてるんだけど、なかなか流通や消費者の現状が見えてこない。だから、国産の食材を使って食生活改善を提唱する僕は、いわば両者をつなぐプロデューサーなんです。「こういうふうになればいいな」「こんなものがあったらいいな」と双方にプレゼンテーションして、その合致したところを形にしていく。プロデューサーというより、どちらかといえばペテン師みたいな雰囲気ですがね(笑)。

大人こそ自己食青が大切
―― しかし、食の重要性が認識される一方で、世の中はまだメタボだダイエットだと大騒ぎです。

魚柄 先日ある新聞社の人に、「外食ばかりで始末に負えない食事をしてメタボになってる人たちに、せめて少しはよくなる食事の仕方のアドバイスはありますか?」と聞かれたので、一言「ない」と答えたんですよね。

僕は、そんな人たちは緩慢(かんまん)な自殺をしてると思うんです。忙しいから外食する。所得が減るのが怖いから、忙しい生活サイクルを断ち切れない。そのうちなんとか、と言ってる人の「そのうち」は絶対に来ないんですよ。そのまま何もしないうちに死んでいくんです。ある意味、人生を捨てちゃってる、自分を殺しちゃってます。きっと、死ぬことを真剣に意識したことがないんでしょうね。

僕は14歳の時に左目に針金が刺さって失明したんですが、その時に人生を達観したんです。片目だけだったからまだ良かったけど、両目だったら大変だった。いや、命を落としていたら人生そのものがジ・エンドだった。それを考えたら、学校の宿題や部活のことなんて大したことじゃなくなったんです。「オレの人生でオレは何をやりたいのか」って自問したら、14歳の少年の答えは「ボブ・ディランになりたい」だった(笑)。それで中・高校時代は音楽三昧で、懸命にギター弾いてましたけどね。

だから、「オレの人生」をよく考えることから始めるべきです。だって何のための食生活改善かといえば、自分の人生の時間を効率よく使うための手段なんですからね。僕たちは1日1日死に向かっていて、いつどんな形で死ぬかは誰も知りません。でも、まっとうな食生活で体調を良くしておけば、病気のリスクは減らせます。そのための食生活改善なら1日でも早い方がいい。子供の食育も大切ですが、それ以前に大人こそ自己食育が必要なんですよ。

食べてくれる人がいる幸せな食事
―― 魚柄さんが考える幸せな食事とはどんなものでしょう?

魚柄 やはり、自分が作ったものを一緒に食べてくれる人がいる時ですね。よく講演会で「30年来、カミさんの弁当を作ってる」と言うと、「キャー、羨(うらや)ましい~!」って言われるんですが、僕にはその感覚がどうも理解できない。

ウチの場合、僕の方が適性があって時間もあるからやってるだけなんですが、もし食べてくれる人がいなかったら作っても捨てるしかないわけでしょう。お母さん方は子供の弁当作りも大変だというけれど、ほんの数年経てば作る相手もいなくなる。それは寂しくないんでしょうかね。自分の手料理を喜んで食べてくれたり、一緒に食事をする相手がいるのは、実はとても幸せな食だと思いますよ。

日本の男性は「オレは絶対にカミさんより後に死にたくない」とよく言いますよね。家事の煩(わずら)わしさや独りの寂しさが嫌だからなんでしょうが、僕はそれを非常に浅ましいと感じるんです。「好きで一緒になったんだろう?」ってね。

僕はウチのカミさんよりなんとか後まで生き延びてやろうと思ってますよ。だって僕が先に死んじやったら、彼女は僕の作る絶品のフグ刺し、フグのフルコースはもう一生食べられなくなっちゃう(笑)。いつか、いよいよ死ぬ時が来ても、「あの時のフグ刺しはおいしかったねえ」って言えるような生き方をしたい。僕はそれが豊かな食なんだろうと思ってます。

―― 本当に何のための食なのか、一度じっくり考えた方がいいですね。今日はどうもありがとうございました。[2008/11/6]

(おわり)

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