第1回 都会から山の中へ サラリーマンから農業へ
皆さん、初めまして。 EM柴田農園の柴田和明と柴田知子と申します。 「50から畑人(ハルサー)」のタイトルで毎月畑の状況の報告と、特にこれから家庭菜園を始めたいという方に化学肥料や化学農薬に頼らないで野菜を育てる方法を分かりやすくお伝えしたいと思います。 また、質問をお受けして次回(翌月)に回答する試みを通して、皆さまとのやり取りを楽しみにしています。 今は農閑期なので作業が始まる春までは、なぜ栃木で農業を始めたのか、EM柴田農園はどうして誕生したのかなどをお話ししたいと思います。
15年前の50歳の時、会社を退職して栃木県那須塩原市で小さな農園を始めました。 友人には「安定した収入や60歳になったら退職金ももらえるのであと10年頑張れば〜」と言われました。 しかし私たちは共働きで毎日忙しく働き、深夜に帰宅するという日々でした。
古い話ですが、「24時間働けますか?」というコマーシャルの歌詞、そんな言葉が普通にまかり通っていた時代でした。 それを最後まで引きずっていたのが私の会社だったかもしれません。 広告代理店に努めていた私は、終電が無くなりタクシーで帰ることも多く、同時期別の会社で働いていた奥さんも帰りが遅く、やっと普及し始めたPHSで連絡を取り合い、どちらかがコンビニで食材を調達。 当時は、最寄りのスーパーは8時で閉店。セブンイレブンもその名の通り7時開店11時閉店だったのです。
40代後半になると、このままでは60歳の定年退職まで健康で働けないのでは?と考えるようになり、会社の上司に退職したい理由をと話すと「病気になるかもしれないから退職」というのは理由にならないと言われました。 何回かの話し合いの結果、2006年3月31日で退職をする予定でしたが、有給休暇を消化しながら引き継ぎを兼ねて7月31日まで会社に残り、夏のボーナスを頂きめでたく(?)退職しました。
サラリーマンはもうやらない。 夏の暑い時期に退職したので、着ていたスーツはクリーニングには出さず毎日のようにゴミ箱へ。(冬のスーツは今でも残っていますが)。 奥さんは私より少し早く退職しました。その話はまた別の機会に。
私は、宇都宮にある栃木県農業大学校に2年間通い、農業の基礎と専門コースではトマト栽培を学びました。 私は農業の知識や経験が全くなかったので、この時期が人生の中で一番勉強をしたかもしれません。 これから農業を始める方へは、各県にある農業大学校で基礎を学ぶことをお薦めします。 もちろん化学肥料や化学農薬を使った農業ですが、やみくもに本などを読みあさるより、植物の生育に関する基礎知識を実践と共に習得できることはかなりの近道だと思います。 基礎があれば応用(無農薬や無化学肥料栽培など)はいくらでもできるのです。 この後、さらにもう1年間は、1万本以上栽培するトマト専業農家さんのところで研修させていただきました。
昨年、新型コロナウイルスの影響で、一時世の中からマスクが無くなってしまいました。 国内生産量わずか20%だからです。 農作物も自給率37%、世界でなにか異変が起こったら、日本人はすぐに飢えてしまいます。 命につながる農業は重要な職業なんですよ。 今、その重要な農業に携われていることを誇らしく思っています。 農業は英語で「アグリカルチャー」良い響きでしょう! 皆さん、プランターでもいいので野菜作り始めませんか?
次回は、上空1万メートルで決まった「EM柴田農園」のお話です。
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