マイナス32.1℃の朱鞠内から
1月24日の朱鞠内、マイナス32.1℃。ぴっきーん。空気中の水蒸気が凍ってキラキラと太陽の光に輝く、ダイヤモンドダストが舞っています。「冷えてるなぁ〜」。−30℃、空気がそして音の伝わり方が違うんですよね。犬たちは丸くなって、尻尾で顔を隠して寝ています。彼らは冬の間、犬小屋を用意しても入ろうとせず必ず外で寝ます。我が家の犬たちはハスキーとグリーンランドドッグ、シベリアンサモエドの混血で、どの犬種も犬ぞり用なので寒さに適応できるのです。
半年ほど皆さんへの原稿が書けない状態が続きましたこと、申し訳なく思っています。農業では、時に畑以外の何もかもを犠牲にしても踏ん張らなければいけない時あります。昨年の後半は、私たちが農業を続けるために自分たちのすべての時間を農業に注ぎ込まなければいけない、そんな時でした。そして、北海道を襲った未曽有の水害、4度の台風。私たちの地域も多少の被害はありましたが、甚大な被害を受けた地域の方々を思うとつらい年でした。農業は自然の一部をお借りして営んでいることをつくづくと思いました。
後継者が戻ってくる・・・
この国の農村は疲弊しています。高齢化が極端に進み、地方が壊れかけています。それはどうしてでしょうか?若者が都会へ行ってしまう、それはなぜでしょうか?それは、農村で将来も幸せに暮らせる夢を持てないからではないでしょうか。
ところが、今私たちが住む町に、大きな変化が起きています。ここ1、2年で、この地域は離農者が出ずに後継者が続々と戻ってきています。北海道でも最も農業を営むのが難しい地域である幌加内町で、後継者が続々地元に戻って農業に就いているのです。それは何故か。特産の"そば"に所得補償が付くようになって、農業で食べていけるようになったから・・・というのが大きいと私は思います。それと、現在畜産もかなり状況が良いと聞いています。その若者たちに話を聞くと、都会ではいつも時間に追われ、子供とゆっくり過ごす時間も取れず、なんのために働いているのかわからなくなった。田舎で家族と暮らす生活の方がいいということでした。若者は都会がいいのではない。農村で食べていけるのであれば、戻ってきて農業がしたいという気持ちがあるということなのではないでしょうか。
わが町の私たちの住む北幌地区で、農業後継者が決まっていないのは、もしかして私たち「宮原」だけかも知れません。
農業研修中に見聞を広げよう
さて、新規就農に話を戻しましょう。後継者の皆さんも新規就農の方々も、農業研修が必要です。後継者の皆さんは、地元の人のことは知っていても、農家としての人間関係は自分で築いていかなければいけません。後継者のほうが大変だ、という話も幾度も聞きました。特に慣行農業から循環型農業への転換をめざす方は苦労されていますね。
新規就農には、最低でも2、3年の農業研修が必要です。自分たちが営農をめざす就農予定地域で、その地域の農業を実践的に学ぶことが不可欠だからです。研修中に、その地域の農業のありとあらゆることを研修先の農家さんを通して学ぶと同時に、その地域での人間関係を広げていく必要があります。実際に農業を始めると、なかなか人間関係を広げる活動というのは出来なくなるものです。研修期間中に出来るだけ多くの人と関わることをお勧めします。
特に自治体、農協、その地域の農家仲間、機械メーカー、地域の農機具屋さんや修理工場、鍛冶屋さん、さまざまな部品屋さんなど、どの地域にも地域に根差した職人さんや専門店が目立たず存在しています。なんでも、ホームセンターで済ませようと思ったら大間違い!ホームセンターは、限られた規格の物しかなかったり、モノによっては高くて粗悪だったりするものです。餅は餅屋、地域の専門家をどう生かしていけるかもとても大事なことです。
就農すると、最初からいきなりベテラン農家さんと同じ土俵で同じ市場で同等の物を求められます。研修を受けてはいても2年や3年で何もかもわかるはずはありません。失敗しながらどうやったらいいか、の試行錯誤が続きます。それはどんな仕事でもあることですが、農業の場合、その授業料が桁外れに大きい。北海道の畑作は特に耕作面積も大きくなるので、失敗するとその被害はすぐに百万単位の授業料です。北海道の新規参入で、畑作は不可能といわれる所以でしょう。後継者の皆さんも農業技術の習得と経営、地域の人間関係などを軌道に乗せられるまでいろいろとご苦労されています。
私たちの最初の5年間は、今思い返しても苦しい5年でした。
クミカンという制度
自民党の農協改革案で組勘制度(組合員勘定制度)が問題になりましたが、冬の長い北海道では組勘制度がなければ営農できない農家がほとんどでしょう。組勘とは、春に必要な種や肥料や燃料、生産、出荷資材等の費用を農協さんから借り入れ、秋の収穫物で相殺するという農協さんと組合員との間で成り立つ取引決済制度です。
賛否両論があるとはいえ、1年で大抵は1作しかできない北海道で、組勘制度がなければ、秋までにかかる費用を自己資金で賄わなければなりません。本州のように1年で何度か生産出荷ができれば資金は回るのでしょうが、北海道ではそれはとても難しい。特に畑作の場合、1年分の生活費もまるごとそこでねん出しなければならないので、自然災害や市場価格の暴落など、収入に大きな影響がある出来事が起こると、自分たちの生活費などあっという間に吹っ飛びます。私たちは毎年博打をやっているようなもの、と、いつも思っています。
農業を開始して最初に必要なことは、そんなやったこともない農業で1年間にかかる費用を事細かく算出し、収支を黒字になるように考えるという営農計画書の作成です。何年か書いていると、どうやったら経営が成り立つのかわかってきますが、初めての農業で、何をどのくらい作り、いくらで売れるのか、肥料や種や様々な費用は何がどのくらいかかるものなのか、さっぱりわかりません。そんな状態で農協さんからもらう参考資料の経費の試算表を目安に作った最初の年の営農計画書。農協さんがよく認めてくださったと、今考えても感謝です。
そして、最初の5年。私たちが乗り越えた理由の一つに、自分たち2人だけではどう考えても、やりこなすことは不可能と思える内容の計画書を書いてきたということがあります。「こんなにやれるはずがない!」と夫に抗議したこともありますが、夫の答えは、「そんなの、やってみなければわからないだろう。自分たちができる分だけ、ではダメなんだ。つくる作物の全部がちゃんとできることなんて無いんだよ。その年の気候によって、いいものと悪いものが常にある。それでも最終的に農業をやり続けていけるだけのものが必要なんだよ。これは無理と思えばバッサリ切る。パッとそれができないとダメなんだ。」
勿論、計画書だけでなく、作付けをするということです。植える作業は計画に基づき、とにかく植える。その後の管理作業までは気候と相談しながらベストを尽くす。収穫は天気によってやれることが変わってくるので、その時々でその日その日の天気によって縦横無尽に変えていく。人手は予定外の助っ人が入れ替わりで来てくれて、「やれるはずがない」と思っていた作業ができてしまうことも多々ありました。
地元の関連業者を大切に
私たちも居抜きで入ったのですが、元の農家さんはトラクターも様々な作業機械もほとんどをお隣の農家さんと共同で所有していたため、私たちが入った際にあったものは、古い物置と倉庫が3棟とわずかな工具、道具のみでした。トラクターも畑を起こす機械も何もなかったので、土地、トラクター、様々な作業機械を購入したわけですが、なにせ預貯金40万円が引っ越しでなくなっている私たちにはどれも新品で揃えるなんてことは不可能です。どこにどんな機械があって、いくらで手に入るのか、買える機械はあるのか、どの程度なら買えるのか、どうやったら自分で修理できるのか。いえ、そもそもどんな機械があるのかすら手探り状態でした。
私たちの場合、研修農家さんは約50haを耕作、大規模畑作で大きな機械をたくさん所有し、農薬や化学肥料を使わなければ作物はできるわけがない、という方でした。研修中に使っていた機械はどれも立派で高価なものですから、最初からそれらと同等のものを自分たちが買えるはずはありません。『じゃあ、どの程度のどれくらいの大きさのどの機械が必要なのか』を知ることは、本当に難しかった。機械には当たりはずれもあります。特に農業の柱となるトラクターで外れなんていうことになれば大変です。当時はインターネットもありませんでしたから、情報をどこで集めたらいいのかもわからない状況でした。
最初の年、比較的程度のいいトラクターを2台購入しました。そのうちの1台は、私の妹が道東で農機具屋さんの事務をしていて、妹を通じて手に入れた機械でした。作業機械はとりあえず古くてもう使わない、というようなレベルの作業機械を地元の方に声をかけて二束三文でかき集め、すぐには探せなかったジャガイモ播種機は最初の1年だけお隣さんのをお借りして何とか植えたのですが、収穫するためのイモ堀機械が見つからない。ジャガイモ堀りのポテトデガーは毎日使う機械なので、さすがにお隣さんから借りるわけにいかない。周りの人に手あたり次第聞いて回っても見つからない。私の遠い親戚は十勝の農家なのですが、そこに聞いても見つかりません。夏の間中探し回り、もうあと1週間で掘り起こさなければならないという切羽詰まった状況で、どうしたらいいか頭を抱えていました。そんな中、隣町の農機具屋さんに相談に行ってみると出かけた夫から朗報がもたらされました。なんとそこに探していたイモ堀機械があったのです。私に相談するまでもなく、その場で即決買いでした。
今思えば、私たちのためにその農機具屋さんもあちこち探してくださったのだと思います。当時は『偶然の神様の助け!』と思いました。その後もその農機具屋さんには様々な機械を紹介してもらいました。倉庫を建てる時にもお世話になり、毎年機械の修理をお願いし続けています。本当に心強い地域の専門家さんです。
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