発酵食品といえば、ヨーグルトのように乳酸菌が最も増えやすい快適環境下で、1日で食品として完成するものもあります。これに対し、寒いうえに非常に塩辛いという厳しい環境の中を、微生物が生死を繰り返しながら長期間耐えて生き抜いてできた味噌やしょう油、たくあんなどの日本型長期発酵食品は、微生物代謝物質がとても豊富です。加熱しないので、ファイトケミカルだけでなく、野菜の中の酵素もそのまま丸ごといただける日本の伝統食は、実はとてもぜいたくな食べ物なのです。
食育の総仕上げに“たくあんづくり”
ただし、見た目は同じでも、この菌ちゃんパワーがほとんど入っていない発酵食品もあります。見分け方は簡単で、商品の原材料に自然の産物だけが書かれていればOKです。味噌なら米糀もしくは麦糀、大豆、自然海塩。たくあんならダイコン、ぬか、自然海塩、ウコン。これら以外の表示が少ないほど、生命と時間が育てた本物です。
でも今の時代、たくあんやぬか漬けを食べたことのない子どもも多く、本物のたくあんのニオイを初めてかいで、「ウンチのニオイ」と言う小学生も少なくありません。私たちは、先に生きる日本人として、食の分野でも子どもに伝えないといけない大切なことがあります。そこで、私たちは多くの家庭の食卓に発酵食品が並ぶことを願い、親子で菌ちゃんの話を聞きながら、味噌やぬか漬けをつくる体験教室を随時開催しています。特に、幼児期のたくあんづくりは、食育の総仕上げとして最高です。
生きる力を育む、幼児期の体験
これまでのコラムで、健康な元気野菜をつくるには微生物いっぱいの土をつくることが大切だよと話してきました。食べ物(生ごみ)を土にあげたら、菌ちゃんが大喜びして2週間くらいでほとんど食べちゃいます。菌ちゃんは食べながらどんどん子どもを産むので、土は菌ちゃんの“押しくらまんじゅう”状態になって、ぽかぽかになります。その土にダイコンの種をまいたら、元気な菌ちゃんパワーに支えられ、雨や風や寒さを乗り越えてとても元気なダイコンが育ちました。
だんだんシワシワになっていくダイコンさん。「こんなになって、ダイコンさんがかわいそう。死んじゃったの?」 「大丈夫さ。もし死んだのならすぐに黒カビ菌ちゃんがついて黒くなるよ。ダイコンさんは死にたくないから、今だんだん強くなっているんだよ」 「ダイコンさん、大丈夫かなあ?がんばってね!」 干されたダイコンさんを手でさする子もいます。
2週間後、シワシワになって強くなったダイコンさんを、今度は塩とぬかの中に入れます。 「人間ならとても生きていけないような塩辛い中なのに、乳酸菌ちゃんがダイコンさんの強い力に助けられて、必死になって、じっくりじっくり増えていくんだよ」
そして1か月間寝かせて置くと、見事なたくあんになりました。
「このニオイはね、乳酸菌ちゃんが干しダイコンさんに助けられながら、一生懸命生き抜いてきた時に初めて出てくる香りだよ。この香りこそが、たくあんさんの強さの証拠だね」 そうやって自分たちでつくったたくあん。子どもたちはそれを心から「その強さを食べたい!」と思うようです。心から、「たくあんさん、ありがとう!」と言って食べてくれます。
長崎市の諏訪幼稚園で、子どもたちが初めて生ごみからたくあんをつくった時のことです。重しが足りなかったのか、やや強い嫌なニオイがしました。これは卒園式まで待たずに早く食べたほうがいいだろうと、さっそく試食会。実は私はちょっとニオイが強くなったたくあんは、嫌いです。だから子どもたちは食べないかもしれないなあと心配しました。
ところが、年長児28人中なんと27人は、おいしいとパクパク食べるのです!たった1人だけ、近づいただけで「くさい」と言って食べなかった子がいました。その子は、12月に転入した子で、ダイコンを漬けるところから一緒にしたのですが、生ごみから土を育て、そしてダイコンを育てる体験をしていなかったのです。幼児期の体験がいかに重大なことかを思い知らされました。
夢を実現できる人に
「親のしつけが悪いのか、この子は野菜嫌いなんですよ・・・」保育士から時々聞く言葉です。でも、「そんな理由で子どもたちの野菜嫌いを見て見ぬ振りするのは、もうやめよう!日中、この子と一緒にいるのは私たち。この園で体験させて、みんな野菜好き、たくあん、梅干し、味噌、納豆好きにしてあげる!」 そんな気概を持った保育園幼稚園が増えています。
人もすべての生物も、試練を乗り越える時にこそ強くなります。土の菌ちゃんパワーを素手で感じ、野菜の日々の成長と生きる執念を目の当たりにした子どもたちは、食べることで、地球から、たくましく生きるためのパワーをもらっていることを体で理解しています。 「食べものさんに感謝する心をいつまでも忘れずに、これからの時代を乗り越えて幸せに生き抜いて欲しい!」たくあん卒園式には、そんな先生方の願いがこめられています。
待ったなしの地球環境問題をはじめ、食糧危機、平和、経済、医療、教育問題など、ますます社会は混迷の色を濃くしています。地域循環型共生社会へ向けての産みの苦しみが始まったのだと思います。 無数の命が自分の体に入り、自分を支え、応援していることを、食事のたびに感じることができる人が増えたとき、社会は変わると私は信じています。
今回までを前半として、「元気野菜づくり」について話してきました。締めくくりに是非話したかったのが「日本型長期発酵食品」で、中でもたくあんづくりは保育園や幼稚園、小学校で広めていきたい課題です。 次回からは「元気人間づくり」について、前半で触れた内容をベースにお伝えする予定です。
著者の講演会情報
よしだ・としみち NPO法人大地といのちの会理事長。1959年、長崎市生まれ。九州大学農学部大学院修士課程修了後、長崎県の農業改良普及員に。96年、県庁を辞め、有機農家として新規参入。99年、佐世保市を拠点に「大地といのちの会」を結成し、九州を拠点に生ごみリサイクル元気野菜作りと元気人間作りの旋風を巻き起こしている。2007年、同会が総務大臣表彰(地域振興部門)を受賞。2009年、食育推進ボランティア表彰(内閣府特命担当大臣表彰)。長崎県環境アドバイザー。主な著書は「いのち輝く元気野菜のひみつ」「生ごみ先生のおいしい食育」「まるごといただきます」など。