しかし、ただ国や県の指示を待つだけではなく、未経験の事態を自ら栽培を通して突破していこうという生産者も少なくない。たとえば、SCM(サプライ・チェーン・マネージメント)を農業の世界に持ち込み生産・流通をしている「アグリSCMふくしま」に参加する農家だ。このSCMシステムは、原料や部品の仕入れから製造・流通・販売まで、製品がたどる全過程の情報を管理し、収益を高め経費を節減しようとする経営手法のことで、農業では難しいといわれている分野。このシステムを運営するマクタアメニティ㈱は、一定の水準で発酵させた堆肥や有機肥料など契約農家に供給し、技術提供を行っている。マクタブランドで高級スーパー、百貨店、有名レストランなどの販路を切り開き、消費者や需要者の信頼を得てきた。
代表である幕田武広さんは、「震災後、50軒だった契約農家が、津波による行方不明者も含めて40軒までになった。これだけでも、十分ショックだったが、放射能汚染は世界的なニュースになってしまった。このまま、何もしなければ終わる。今までつくり上げてきたシステムを止めるのではなく、動かす、いや、システムがあるからこそ、動けるんだと気持ちを切り替えた」と話す。均質の品質管理という項目は、この火急の事態のポイントだった。契約農家の生産物を検査機関の分析に出した結果は、現状において放射能物質は不検出判定となった。
危機感の中の希望
テレビでは、原発事故はたいしたことはない。放射能汚染の農産物への影響も少なく、健康被害は直ちに出ないと報道されていた。そうこうしていくうちに計画的避難区域は広がり、ほうれん草、茶葉、藁から、放射能が検出され、出荷停止となる。当時は、モモの管理作業をするべきか、どうか迷う農家も多かったという。しかし、渡辺さんは、どんな結果でもいままでやってきたことをやると決めて、作業に打ち込んできた。
「皮肉なのか、ありがたいことなのか、今年の桃は最高の出来だ」と渡辺さんは笑うが、「渡辺さんのおいしいモモを食べたいけど、今年はやめておく」という常連のお客さんの電話には沈黙するしかなかった。そこへ舞い込んだのが、幕田さんが検査を依頼した渡辺さんのモモの分析結果だった。「悪いことは考えないようにしたが、この分析結果は救いだった」と話す。モモに続いて、ブドウ、リンゴと収穫が続く。「もしもの時は、出稼ぎに出る覚悟だけれども、年老いた両親を置いて、ここを離れることはできない。なによりも、放射能のせいで農業をやめるのは納得がいかない。それに放射能物質が出ないというなら、このまま続けていけるのではないか」とこれからに小さな希望をつないでいる。
地域まるごと除染
しかし、巨大地震と福島第一原発事故から始まった途方もない災害の広がりに大内さん夫妻は、活動を開始する。「甦れふくしま命をめぐる大地」と題して、NPO法人チェルノブイリ救援中部理事の河田昌東さんを講師に講演会を開催したのだ。テーマは、「放射能防御と農業再生菜の花プロジェクト」で、この反響は大きかった。いうなれば、国や行政の情報に見切りをつけて、自ら真実を知り、どう防御すればよいのかを農家自身が見出していく作業を始めたのだ。
本業のナシの収穫を前に不安がないといえば嘘になる。でも、幕田さんが、指導する農家の「どれも不検出」との結果を知らせたら、ことに体調がすぐれなかった大内さんの奥さんの有子さんに笑顔があふれた。
土壌汚染と有機物の解明も
なお、経済産業省平成23年度「地域新成長産業創出促進事業」にマクタアメニティ㈱がコア企業で、生産者グループ「アグリSCMふくしま」などが加わる「ふくしまから日本へ[農業再生]ビジョンネットワーク」が採択され、大学や研究機関、普及機関などとともに有機循環農業のビジネスモデルに磨きをかけることとなった。放射能災害は想定していなかったものの、有機農業生産・流通の情報支援システム「アグリSCM」をすでに構築、運用していたのは幸運だった。最悪のシナリオから見えてきたさまざまな問題を解決し、新しい農業の形を福島から発信して欲しい。関係者すべての願いだ。
関連項目
自主検査で安心を届ける 「アグリSCMふくしま」契約農家の挑戦 その2
幕田武広ふくしまリポート