循環を切るな
耕作面積は約4ha。「刈り取った野菜は1か所にまとめて指示があるまで保管しておくこと」と通達がきていたが、どのように保管するのか理解できなかった。伸びた野菜を草刈り機で刈り取り、畑の外に積んだ。出荷できないからには収入はないから、仕事がなくなった従業員はやめてもらった。しかし、毎日の生活費と生産コストは積みあがっていく。田中さんは、いつ出荷解除になっても良いように、ひとりで種まきを続けた。「福島でどうして種まきをするのか」という批判は承知の上だ。注文もないと覚悟の上で、なんの保証もない作業を支えたのは、どこよりも安心で、新鮮でおいしい野菜を届けてきた農家としてのプライドだ。そして、地域の循環を切らないためだ。捨て場のない鶏フンはどうする?
「地元が食べない野菜を東京の人が食べるか。今年は、あきらめるか」と覚悟を決めたときに、思いもかけずに契約するマクタアメニティ㈱から百貨店向けの注文が入った。「きちんと検査していれば、あのおいしいほうれん草や小松菜を食べたい」という支持者がいたのだ。この朗報に硬直していた身体が初めて緩んだという。田中さんは、今日も明日も雪の中を黙々と作業を続けている。
その大内さんは、雪に覆われた梨畑で放射性物質の除染作業に汗を流していた。梨の木の皮を剥ぎ、高圧ポンプを使い樹木を水で洗浄する。作業前の空間線量も測り、除染後の変化と合わせて効果を確かめながらの作業だ。300本の梨の木を終えたら、剪定作業に移る。寒さの中での除染作業になるが、やり切る覚悟だ。
果樹王国の福島にとって、桃の販売時期に稲ワラ汚染が問題化し、リンゴの出荷時期には米から規制値を超える放射性セシウムが検出されるなど、不運が続いた。消費者がより安全な作物を求めるのは理解できないわけではない。問題は、これから先どう大地を甦らせるかだ。今まで培ってきた有機農業の技術と経験が役に立つのではないか、時間と共に大内さんの確信になってきたように見えた。
しかし、福島第一原子力発電所の事故は、有子さんの足元で起こった。4月、NPO法人「チェルノブイリ救援・中部」理事で四日市大講師の河田昌東さんを講師に緊急集会をもち、その後「福島・未来塾すばる」というブログを開始した。福島の現実、想いを世界に伝えるためだ。さまざまな支援も励ましもあったが、言われなき誹謗と中傷にもあった。
「関西から来た専門家が、果樹園の土のサンプルや写真を、たくさん持ち帰ったけれども、その中の一部の方々は、私たちに無断でデータを公表したり・・・。都会の集会で、私たちの営農の権利さえも否定する発言をしたり・・。私たちを追い詰めているのは、政府や東電だけではないことを、皆さんに考えてほしい」。 「命を守るための正義の剣で、別の命を傷つけてはいないだろうか。反原発は、差別問題を内包しやすい運動であり、そのことの自覚なしにメッセージを発信することの危険性を、心に留めてもらいたい」。
事実、ある団体は昨年秋の集会で「汚染の高低にかかわらず、福島県産の物は低レベル廃棄物である。県外に拡散することは『殺人予備行為』に他ならない」という宣言文を発表している。「福島は、除染しても無駄だ。そこに住み続けるとか、農業を営むことは、福島は安全な土地だという間違った認識を拡め、子ども達の避難に悪影響を及ぼす」ということであろうが、「福島の農民を守ることなくして、いのちと食を守ることができるか」、有子さんの悲鳴に似た抗議は都会の人々の耳に届いているだろうか。
痛みを伝えて共に一歩を
有子さんは、年明けのブログにこう書いている。「昨年はピストルで撃たれて倒れている状況でした。瀕死の重傷の人に『ピストル所持(原発)に反対しよう』とか『犯人(東電)を告訴しよう』とか言う人はいないと思います。まず手当てをしますよね。相手を攻撃するのではなく、私たちは傷ついていますと、痛みを伝えていくことで一歩を踏み出したいと思う」と。
実際、2月27日から開かれるニューヨークの国連本部で開催される第56回国連婦人の地位委員会で日本の女性農民の代表としてスピーチすることが決まっている。「まず、謝罪をしてから、これを機会に福島から世界を動かしていきたい」と決意は固い。もちろん、私達の栽培方法で栽培した作物から幸い放射性セシウムが不検出であったことについても発表する。
外部リンク
福島・未来塾すばる
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