トップ > 有機農業特集 > ルポ 新篠津村 大規模複合農家が実証する有機農業の成果
今、日本の農業が大きく変わろうとしています。有機農業を推進する法律ができたことをきっかけに、各都道府県では、有機農業を普及している様々な民間団体や個人、行政が連帯し、有機農業を推進するための具体的な計画づくりを始めています。これは従来の農業政策から考えると180度とも言える転換です。
Webエコピュアでは、「有機農業推進法の画期的意義 日本の農が変わる」と題して、日本農業の進むべき方向や課題、具体的な取り組み、モデルケースなどについて、有機農業に関わる各分野の方に本音で語っていただきます。
第4回ルポ「大規模複合農家が実証する有機農業の成果」
北海道・新篠津村

第4回目は、環境保全型農業の先進地と言われる北海道・新篠津村を紹介します。新篠津村は、1戸あたりの農地面積は約15haという大規模経営でありながら、全農家300戸の97%がエコファーマーの認定を受け、6%が有機JAS認証農家。しかも、自治体としては全国でも珍しい土壌分析や診断・施肥設計を行う施設を設置して有機農業者をバックアップし、大規模でも有機農業が可能であることを実証しています。本年度、農水省の有機農業推進事業のモデルタウンにも選出されました。

新篠津村の挑戦
北海道ならではの大規模圃場。上の方に見えるのは、豊かな水量で農水産業に恵をもたらしている石狩川
北海道ならではの大規模圃場。上の方に見えるのは、豊かな水量で農水産業に恵をもたらしている石狩川
大規模経営の有機農業は難しいと言われているが、北海道・新篠津村はその常識を覆すべく挑戦している。1戸あたりの経営面積約15haは全国平均の15倍にもなるが、全農家の6%が有機JAS認証農家だ。この数字は有機農業先進地のヨーロッパ並である。この成果の秘密はどこにあるのか。新篠津村を訪問した。

新篠津村は札幌から車で約50分、石狩平野のほぼ中央に位置する純農村地帯。1550世帯(人口約3800人)の3分の1が農家で、今でこそ道内有数の農業生産を誇るが、もともとの土地の大部分は水はけが悪く、農地に適さない泥炭地だった。それが、昭和30年代後半から15年の歳月をかけて行われた「新篠津地域泥炭開発事業」によって、道内最大規模の水田地帯となった。現在は、小麦、大豆、野菜、花卉なども主力農産物となっている。

同村では、大がかりな土地改良事業で基盤整備をしながらも、「おいしい作物づくりの基本は土づくりから」をスローガンに、地道に「堆肥づくりコンクール」を行うなど、良質の堆肥を使った土づくりを奨励してきた歴史がある。東出輝一村長は、「土づくりはその土地にあった農作物の開発にもつながり、泥炭土壌を有効利用したプラス志向の農業者がたくさん誕生しました」と胸を張る。


果てしなく広がる大豆畑
平成3年、北海道庁が打ち出した「クリーンな農業」施策を導入した村は、農用地に有機質堆肥を施肥するなど普及に取り組んだ。しかし、化学肥料や農薬の使用量が多くなってもいた。従来の大規模経営のやり方ではやむを得ないことでもあったが、土が痩せ、地力が低下するなどの問題が発生し、悪循環となった。客土による土壌改良を行うが、有機質不足で農作物の品質や収穫量に影響が出始めた。

村役場の職員や農家が対策に奔走していた平成4年、土づくりに画期的効力を発揮するというEM技術の開発者・比嘉照夫教授(当時琉球大学教授・現名誉教授)の講演会を聴きに、役場職員と数名の農家が上京した。

「比嘉教授の話は、村の方針である土づくりと逸脱することがないので、早速、村の稲作・畑作研究会でEM技術を試作することになりました」と、堀下弘樹産業建設課クリーン農業推進係長は述懐する。

実際、米、ハクサイ、トウモロコシ、メロン、花卉などで施用試験をしたところ、結果は予想をはるかに上回った。作物全般に収穫量が増え、甘みが増して味も良かった。

思いがけないEM技術の効果に、村では平成6年、「土づくりを基本とした農業」宣言を行い、土壌分析や診断・指導を行う「新篠津クリーン農業推進センター」(以下:クリーンセンター)を新設した。同時に、EMボカシ製造機、EM活性液製造装置を導入して、良質のEM資材を製造し農家に普及した。

クリーンセンターの動きと同調して、農家仲間は「EM農法研究会」を立ち上げ、EM技術を活用した有機農業・特別栽培などの循環保全型農業をめざした。村の農家300戸のうち100戸が会員になった。メンバーの1人にメロン栽培にいち早くEM技術を導入して、連作障害の抑制に成功した早川仁史さん(47歳)がいた。

メロン17年・大豆10年連作
早川さんは、26歳の時この土地で120年続く農家の4代目として家業を継ぎ、27歳になった昭和63年(平成元年)、札幌という一大消費圏を意識して魅力あるハウスメロン栽培に挑戦した。時代はバブルの全盛期で、「夕張メロン」がブランド化して全国的に高値で取り引きされていることに着目したのだ。しかし、3年目から連作障害が出てツルガレ病でハウス1棟を全滅させた。このことがEM(有用微生物群)技術と出会うきっかけにもなった。


メロン栽培ベテランの早川さんだが、「"今年の作柄はどうかな"と収穫するまではドキドキする」と言う
現在早川さんは、奥さんと2人で、水田13ha(特栽4ha)、大豆5ha(有機JAS3.4ha、特栽1.6ha)、施設メロン14棟(1.5ha)すべて有機JAS、小麦4.5ha、自家用野菜1haを栽培している。

「有用な微生物の固まりであるEMを大量に使用したことで、泥炭層に含まれる有機物がどんどん分解していって窒素・リン酸・カリのバランスを整えられたのだと思います。EMが効いてくると、土壌が団粒化してきて水はけが良くなり、微生物が住みやすい環境になっています」と振り返る。

ツルガレ病克服以来、メロン栽培においては17年連作している。玉揃いも良く、90%以上収穫できる。平成14年には、ハウスメロンでは全国的にも珍しい有機JAS認証を取得した。

「メロンは連作障害を回避するため、通常は3~4年経ったらビニールハウスをずらす必要がありますが、大変な労力と経費がかかります。接ぎ木という技術もありますが、私は種をまいて、その自根だけで連作しています」

有機JAS大豆も連作10年目になる。今年3月、有機農業推進議員連盟が主催する勉強会に招聘された早川さんは、谷津義男同連盟会長から「通常、大豆は3年くらいすると連作障害が出るので、革命的だ」と賞賛され、「作物は連作するとお金がかからない。毎年作物を変えれば労力とエネルギーを使う。連作は、いろいろな意味で産業革命に近いと思っています」と応えた。

クリーンセンター設立当初から担当している堀下さんは、「早川さんがいち早く成果を出したので、みんなもそれに続きました。早川さんは、新篠津村有機農業のパイオニア」と言う。確かに、早川さんは典型的な大規模複合農家で有機農業の実証者だ。

土中の有機物とEMの力
ビニールマルチの下にはっきりと光合成細菌を見ることができる早川さんのメロン畑。葉もイキイキしている
ビニールマルチの下にはっきりと光合成細菌を見ることができる早川さんのメロン畑。葉もイキイキしている
早川さんの成功の秘訣はどこにあるのか。(財)自然農法国際研究開発センターの天野紀宣理事長は次のように見ている。
「早川さんのメロンハウスを訪ねた時、ビニールマルチの下に赤い光合成細菌をはっきり確認できました。メロンには品質葉と肥大葉があって、光合成細菌は品質葉の根のところにだけ出ます。品質を支える葉につながる根が収穫期に窒素を吸いすぎると品質が落ちてしまいますが、光合成細菌が窒素をエサにして消化してくれます。肥大葉は窒素をしっかり吸収しているので立派な玉揃いになるのです。慣行栽培では窒素の量は品質葉、肥大葉とも一定しているので玉が大きくなれば品質は落ち、品質が上がると玉伸びが落ちるのです」

大豆についても、「根に根粒菌がびっしりと付いていて空気中の窒素を固定しているのが分かります。EMボカシは根粒菌の働きを助け、収穫期までしっかり働いています。慣行栽培では根粒菌は少なく、収穫期には黒くなって働いていないので、結果は一目瞭然品質、収量共に慣行栽培に勝っていました」と示唆する。

根粒菌がびっしりついた大豆の根。慣行栽培と違って収穫期になっても変色していない
根粒菌がびっしりついた大豆の根。慣行栽培と違って収穫期になっても変色していない
クリーンセンターの堀下さんも、土壌分析を通して次のように解析する。
「もともと泥炭土壌には未分解有機物(腐植)が多いが、村の平均値5%に対して早川さんのところは12~13%と異常に高いことが分かりました。EMを投入することで有機物が分解され、土壌微生物が活性化し、地力がついたのでしょう。地力がついたことで、生産量が上がり土壌病害が少なくなって連作が可能になったと言えます。早川さんのEM歴は長く、EM効果を信じて大量に使っていることが驚異的な数字に表れているのです」

さらに、EMの有効性について、堀下さんはこう評価する。
「村の有機栽培のほとんどがEMを使っているので、土壌診断をすると比嘉教授の言われる「浄菌型土壌」(抗菌物質を生成する微生物が多く、土壌病害虫が出にくい土壌)になっているが、早川さんのところは、「発酵合成型土壌」(光合成細菌や窒素固定菌などの合成型微生物と乳酸菌や酵母などを主体とする発酵型微生物が連動した最も理想的な土壌)になっているのだと思います。有機農業で最も不可欠な要素は「土づくり」ですが、EMを使った場合、土壌肥沃土がアップするだけでなく、周囲の環境への負荷も軽減できるのです。もし、全国の農地で取り入れたら、いろいろな問題解決の糸口が見つかると思います」

97%がエコファーマー

村の中心地にある村営クリーン農業推進センター。JA新篠津が事務局を担っている

EMボカシ製造機やEM活性装置が設置されたクリーンセンターの付帯施設・堆肥センター

東出輝一村長(左)にクリーン農業の普及状況を報告するクリーンセンターの堀下さん
環境保全型農業の牽引役として村が力を入れるクリーンセンターでは、有機・減農薬栽培試験及び交流を目的とするほ場を設置し、平成7年からは、水稲、畑作(野菜)を中心に年間約10課題についてEMに関する試験を実施。いずれも好結果が出ているが、そうしたデータとともに、各農家の土壌分析結果に応じて、EMボカシやEM活性液の適正な使用量等を指導している。

現在クリーンセンターの付帯施設である堆肥センターには、EMボカシを攪拌・発酵させる装置は2tタイプ2基、1tタイプ1基があり、11月の仕込み時になるとフル稼働する。EM活性液製造装置は3tタイプが2基、1.5tタイプが1基あり、年間120tという大量のEM活性液を培養しているから驚かされる。

この施設は、有機農家でなくても利用できるので、村内の減農薬・減化学肥料栽培を広げるきっかけにもつながり、環境に負荷を与えない農業を支えている。村内にはEM農法研究会の他に、オーガニック新篠津、グリーンピュアクラブなど農業法人や農業グループが4つあり、「これらの活動が、新篠津村のクリーン農業推進の原動力になっています」と、堀下さんは話す。

事実、全農家300戸のうち290戸がエコファーマーの認定を受け、17戸が有機JAS認証取得、23戸が特別栽培ガイドライン農作物認定、73戸が北海道イエス・クリーン農作物認定を取得ている。これらの数字は全国市町村単位にみてもダントツだ。

東出村長は、「自治体がこのような(クリーンセンター)施設を開設し、職員を配置しているケースは珍しい。これも、消費者のニーズに合わせた安全・安心な農産物の栽培を広めていく戦略の1つで、採取・蓄積したデータは国や道から高い評価をもらっている」と誇っている。

課題は売り先確保
同村では後継者不足等の悩みはほとんど聞くことはない。農業経営が安定していることや、村で行う研修生制度で就農希望者を受け入れているからだ。だが、有機農業に取り組む農家がここ数年伸び悩んでいる。売り先に不安を抱えて、有機農産物の生産を増やすことはできないというのだ。「生産しても売り先が決まらない」有機農業推進の最大の課題だ。

クリーンセンターは、農業者たちの情報交換の場としても活用されている
クリーンセンターは、農業者たちの情報交換の場としても活用されている
17年度に研修を終了した山元靖規さんと高橋一真さんは、有機栽培という目的を定めて実家の農業を継いでいる。「20代の有機農家は、ほとんどいないので、僕らが起爆剤になれればいい」と前向きだが、「販路確保に不安がある」と口を揃える。

早川さんは、有機メロンは契約販売で完売し、有機大豆も慣行栽培の3倍の価格で加工業者に引き取られているだけに、「生業として自立できる農業でなければほんものではない。みんなに農業は楽しい、やりがいがあると喜んでもらいたい。農業で儲かって欲しい。儲かって欲しいから、いつだって技術は公開しているんです」と話す。

EM農法研究会のメンバーは、米、大豆、麦、花卉栽培などを有機農業で行うことに挑戦している。花づくり15年目の若松三千彦さんは、「花は連作不可と言われていますが、EM技術を導入してから、5年同じ土地で品質の良いものが収穫できるようになりました」と喜ぶ。早川さんは「仲間が連作記録を伸ばし、収量を確実に上げてきていることが何よりも嬉しい」と言う。

本年度、農水省が打ち出したモデルタウン事業に、新篠津村クリーン農産物生産協議会(佐々木伸会長・会員27人)が選ばれた。協議会の目標には、25年までに有機農業者の育成・確保を現状の17人から25人に増やす、近郊の一大消費圏札幌市民との交流などを盛り込んでいる。佐々木会長は「新規就農者も含めて有機の仲間を増やし、売り先確保のためにもこれまで蓄積してきたノウハウを活用したい」と期待を込める。

有機農業に不可欠な土づくりは、クリーン農業推進センターの土壌分析に支えられている
有機農業に不可欠な土づくりは、クリーン農業推進センターの土壌分析に支えられている
クリーンセンターの堀下さんも、「14年間に及んで収集している地域別の土壌採取・データや水稲、畑作(野菜)ほ場で行っている有機・減農薬栽培の比較検証データの例は他にないのではないか。国や道も土壌改良の参考事例として採用しているので、有機農業普及に貢献できます」と、有機農業生産者育成と販路拡大に村としてできる体制づくりに励んでいる。

有機農業は一朝一夕には実らない。新篠津村のような地道な取り組みを支えるのは、流通業者や私たち消費者の役目でもある。生産の現場からの切実な声、「売り先がない」に応えるためにも早急な対策が必要だ。

(鹿島祐子)

※新篠津村の取り組み、早川さんの栽培技術についての詳細は、(財)自然農法国際研究開発センター発行、2008年度版「EM活用技術事例集2008」を参照ください。

[2008/8/30]

東出輝一村長

新篠津村(しんしのつむら)
石狩平野の西部、石狩管内の東端に位置し、東は石狩川を隔て北村、西は当別町、南は江別市、北は月形町に接し、札幌市からは35km余りに位置する。人口3810人(19.10.31現在)。総面積78.24平方kmで小高い丘ひとつない、全くの平坦地に約65%の農用地(約5000ha)が広がる純農村地帯。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※土壌の状態について、比嘉教授が解説している土壌の分類

どのような微生物が主体かによって、土壌が分けられ、矢印の順に理想的な土壌へ近づいていく。
腐敗型土壌
土壌本来の生命性を考えず、農薬、化学肥料の多投、特に土壌消毒の使用によって微生物相が偏ると、腐敗型土壌になりやすい。フザリウムの占有率が高く、病害虫が多発し、生の有機物の施用は有害となる。そこでは再度、農薬や化学肥料が必要不可欠となる悪循環が生まれる。一般土壌の90%が腐敗型土壌
浄菌型土壌
抗菌物質などを生成する微生物が多く、フザリウムの占有率が5%以下で病害虫の発生が極めて少ない。比較的団粒化が促進され、透水性も良好。窒素分の多い生の有機物を入れても、腐敗臭は少なく、分解後は山土の表土のニオイがする。
発酵型土壌
乳酸菌や酵母菌などを主体とする発酵微生物が優占している土壌。生の有機物を施用すると香ばしい発酵臭がして、こうじカビが多発する。耐水性団粒形成能が高く、土壌は膨軟。土壌中のアミノ酸、糖類、ビタミンなどの生理活性物質が多くなり、作物の生育を加速的に促進する。
合成型土壌
光合成細菌や藻菌類、窒素固定菌などの微生物が優占している土壌。水分が安定していると、少量の有機物の施用でも土壌は肥沃化する。フザリウムの占有率も低く、浄菌型土壌と連動する場合が多い。水田のガスの発生は抑制される。
発酵・合成型土壌
発酵系と合成系が強く連動すれば、発酵・合成型という最も理想的な土壌となる。

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