第4回目は、環境保全型農業の先進地と言われる北海道・新篠津村を紹介します。新篠津村は、1戸あたりの農地面積は約15haという大規模経営でありながら、全農家300戸の97%がエコファーマーの認定を受け、6%が有機JAS認証農家。しかも、自治体としては全国でも珍しい土壌分析や診断・施肥設計を行う施設を設置して有機農業者をバックアップし、大規模でも有機農業が可能であることを実証しています。本年度、農水省の有機農業推進事業のモデルタウンにも選出されました。
新篠津村は札幌から車で約50分、石狩平野のほぼ中央に位置する純農村地帯。1550世帯(人口約3800人)の3分の1が農家で、今でこそ道内有数の農業生産を誇るが、もともとの土地の大部分は水はけが悪く、農地に適さない泥炭地だった。それが、昭和30年代後半から15年の歳月をかけて行われた「新篠津地域泥炭開発事業」によって、道内最大規模の水田地帯となった。現在は、小麦、大豆、野菜、花卉なども主力農産物となっている。
同村では、大がかりな土地改良事業で基盤整備をしながらも、「おいしい作物づくりの基本は土づくりから」をスローガンに、地道に「堆肥づくりコンクール」を行うなど、良質の堆肥を使った土づくりを奨励してきた歴史がある。東出輝一村長は、「土づくりはその土地にあった農作物の開発にもつながり、泥炭土壌を有効利用したプラス志向の農業者がたくさん誕生しました」と胸を張る。
村役場の職員や農家が対策に奔走していた平成4年、土づくりに画期的効力を発揮するというEM技術の開発者・比嘉照夫教授(当時琉球大学教授・現名誉教授)の講演会を聴きに、役場職員と数名の農家が上京した。
「比嘉教授の話は、村の方針である土づくりと逸脱することがないので、早速、村の稲作・畑作研究会でEM技術を試作することになりました」と、堀下弘樹産業建設課クリーン農業推進係長は述懐する。
実際、米、ハクサイ、トウモロコシ、メロン、花卉などで施用試験をしたところ、結果は予想をはるかに上回った。作物全般に収穫量が増え、甘みが増して味も良かった。
思いがけないEM技術の効果に、村では平成6年、「土づくりを基本とした農業」宣言を行い、土壌分析や診断・指導を行う「新篠津クリーン農業推進センター」(以下:クリーンセンター)を新設した。同時に、EMボカシ製造機、EM活性液製造装置を導入して、良質のEM資材を製造し農家に普及した。
クリーンセンターの動きと同調して、農家仲間は「EM農法研究会」を立ち上げ、EM技術を活用した有機農業・特別栽培などの循環保全型農業をめざした。村の農家300戸のうち100戸が会員になった。メンバーの1人にメロン栽培にいち早くEM技術を導入して、連作障害の抑制に成功した早川仁史さん(47歳)がいた。
早川さんは、26歳の時この土地で120年続く農家の4代目として家業を継ぎ、27歳になった昭和63年(平成元年)、札幌という一大消費圏を意識して魅力あるハウスメロン栽培に挑戦した。時代はバブルの全盛期で、「夕張メロン」がブランド化して全国的に高値で取り引きされていることに着目したのだ。しかし、3年目から連作障害が出てツルガレ病でハウス1棟を全滅させた。このことがEM(有用微生物群)技術と出会うきっかけにもなった。
「有用な微生物の固まりであるEMを大量に使用したことで、泥炭層に含まれる有機物がどんどん分解していって窒素・リン酸・カリのバランスを整えられたのだと思います。EMが効いてくると、土壌が団粒化してきて水はけが良くなり、微生物が住みやすい環境になっています」と振り返る。
ツルガレ病克服以来、メロン栽培においては17年連作している。玉揃いも良く、90%以上収穫できる。平成14年には、ハウスメロンでは全国的にも珍しい有機JAS認証を取得した。
「メロンは連作障害を回避するため、通常は3~4年経ったらビニールハウスをずらす必要がありますが、大変な労力と経費がかかります。接ぎ木という技術もありますが、私は種をまいて、その自根だけで連作しています」
有機JAS大豆も連作10年目になる。今年3月、有機農業推進議員連盟が主催する勉強会に招聘された早川さんは、谷津義男同連盟会長から「通常、大豆は3年くらいすると連作障害が出るので、革命的だ」と賞賛され、「作物は連作するとお金がかからない。毎年作物を変えれば労力とエネルギーを使う。連作は、いろいろな意味で産業革命に近いと思っています」と応えた。
クリーンセンター設立当初から担当している堀下さんは、「早川さんがいち早く成果を出したので、みんなもそれに続きました。早川さんは、新篠津村有機農業のパイオニア」と言う。確かに、早川さんは典型的な大規模複合農家で有機農業の実証者だ。
大豆についても、「根に根粒菌がびっしりと付いていて空気中の窒素を固定しているのが分かります。EMボカシは根粒菌の働きを助け、収穫期までしっかり働いています。慣行栽培では根粒菌は少なく、収穫期には黒くなって働いていないので、結果は一目瞭然品質、収量共に慣行栽培に勝っていました」と示唆する。
さらに、EMの有効性について、堀下さんはこう評価する。 「村の有機栽培のほとんどがEMを使っているので、土壌診断をすると比嘉教授の言われる「浄菌型土壌」(抗菌物質を生成する微生物が多く、土壌病害虫が出にくい土壌)になっているが、早川さんのところは、「発酵合成型土壌」(光合成細菌や窒素固定菌などの合成型微生物と乳酸菌や酵母などを主体とする発酵型微生物が連動した最も理想的な土壌)になっているのだと思います。有機農業で最も不可欠な要素は「土づくり」ですが、EMを使った場合、土壌肥沃土がアップするだけでなく、周囲の環境への負荷も軽減できるのです。もし、全国の農地で取り入れたら、いろいろな問題解決の糸口が見つかると思います」※
現在クリーンセンターの付帯施設である堆肥センターには、EMボカシを攪拌・発酵させる装置は2tタイプ2基、1tタイプ1基があり、11月の仕込み時になるとフル稼働する。EM活性液製造装置は3tタイプが2基、1.5tタイプが1基あり、年間120tという大量のEM活性液を培養しているから驚かされる。
この施設は、有機農家でなくても利用できるので、村内の減農薬・減化学肥料栽培を広げるきっかけにもつながり、環境に負荷を与えない農業を支えている。村内にはEM農法研究会の他に、オーガニック新篠津、グリーンピュアクラブなど農業法人や農業グループが4つあり、「これらの活動が、新篠津村のクリーン農業推進の原動力になっています」と、堀下さんは話す。
事実、全農家300戸のうち290戸がエコファーマーの認定を受け、17戸が有機JAS認証取得、23戸が特別栽培ガイドライン農作物認定、73戸が北海道イエス・クリーン農作物認定を取得ている。これらの数字は全国市町村単位にみてもダントツだ。
東出村長は、「自治体がこのような(クリーンセンター)施設を開設し、職員を配置しているケースは珍しい。これも、消費者のニーズに合わせた安全・安心な農産物の栽培を広めていく戦略の1つで、採取・蓄積したデータは国や道から高い評価をもらっている」と誇っている。
同村では後継者不足等の悩みはほとんど聞くことはない。農業経営が安定していることや、村で行う研修生制度で就農希望者を受け入れているからだ。だが、有機農業に取り組む農家がここ数年伸び悩んでいる。売り先に不安を抱えて、有機農産物の生産を増やすことはできないというのだ。「生産しても売り先が決まらない」有機農業推進の最大の課題だ。
早川さんは、有機メロンは契約販売で完売し、有機大豆も慣行栽培の3倍の価格で加工業者に引き取られているだけに、「生業として自立できる農業でなければほんものではない。みんなに農業は楽しい、やりがいがあると喜んでもらいたい。農業で儲かって欲しい。儲かって欲しいから、いつだって技術は公開しているんです」と話す。
EM農法研究会のメンバーは、米、大豆、麦、花卉栽培などを有機農業で行うことに挑戦している。花づくり15年目の若松三千彦さんは、「花は連作不可と言われていますが、EM技術を導入してから、5年同じ土地で品質の良いものが収穫できるようになりました」と喜ぶ。早川さんは「仲間が連作記録を伸ばし、収量を確実に上げてきていることが何よりも嬉しい」と言う。
本年度、農水省が打ち出したモデルタウン事業に、新篠津村クリーン農産物生産協議会(佐々木伸会長・会員27人)が選ばれた。協議会の目標には、25年までに有機農業者の育成・確保を現状の17人から25人に増やす、近郊の一大消費圏札幌市民との交流などを盛り込んでいる。佐々木会長は「新規就農者も含めて有機の仲間を増やし、売り先確保のためにもこれまで蓄積してきたノウハウを活用したい」と期待を込める。
有機農業は一朝一夕には実らない。新篠津村のような地道な取り組みを支えるのは、流通業者や私たち消費者の役目でもある。生産の現場からの切実な声、「売り先がない」に応えるためにも早急な対策が必要だ。
※新篠津村の取り組み、早川さんの栽培技術についての詳細は、(財)自然農法国際研究開発センター発行、2008年度版「EM活用技術事例集2008」を参照ください。
新篠津村(しんしのつむら) 石狩平野の西部、石狩管内の東端に位置し、東は石狩川を隔て北村、西は当別町、南は江別市、北は月形町に接し、札幌市からは35km余りに位置する。人口3810人(19.10.31現在)。総面積78.24平方kmで小高い丘ひとつない、全くの平坦地に約65%の農用地(約5000ha)が広がる純農村地帯。
※土壌の状態について、比嘉教授が解説している土壌の分類
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