風薫る5月はぼくの大好きな季節。その大好きな季節にアメゴ釣りに行った。
鏡のような淵から水生昆虫が羽化すると、それをジャンプして捕らえるアメゴの姿が視界の片隅で踊った。無数の色調が重なる新緑からは、小鳥の鳴き声が遠くに近くに、囁くよう話しかけるように鼓膜を刺激し、渓(たに)は透明感と生命感に溢れ、すべては一体となり繋がっていた。
釣り人(ぼく)はアメゴに気づかれぬよう景色に溶け込み、気配を殺して竿を出す。あごを引き、脇を締めて、すれっからしたアメゴのかすかな当たりに神経を集中させる。 ふと気が付けば、萌え立つ緑を背景に、藤の紫やツツジの赤が川岸で鮮やかなコントラストを見せ、それらがピンポイントで釣り人の目を和ませてくれて、気分は最高だった。
つかの間の夢から覚めれば、畑の中では、沸き立つように、競い合うように、これでもかと雑草が生えしげり、「ああ、早う草取りをしなければ・・・ジャガイモが・・・ブロッコリーが・・・ニンジンが・・・草に負けてしまう・・・ああ・・・」と悪夢の現実。
ぼくの経営は約3ヘクタールの畑に60数種類の多品目周年栽培だから、この時期から冬までの農作業は多岐にわたっている。いつもの収穫、調整、出荷作業に加え、土づくり、施肥、耕耘、ウネ立て、定植、播種、育苗管理などの農作業が、あちこちに点在する畑の中で、循環しながら延々と続いていく。これを実質4人でこなすのだ。
周年、数年と続いていくこの農作業を効率的に継続していくためには、時間と空間を俯瞰(ふかん)してとらえ、それらをマネージメントしていく能力とエネルギーが必要なのだが、そのモチベーションは、いったいどこから来るのだろう。
新しい世界にチャレンジを続ける開拓者の楽しみ、技術をつくり上げていく創造の楽しみ、失敗を恐れない勇気を持つ楽しみ、消費者の健康に寄与できる福祉の楽しみ、美しい環境を取りもどす共感の楽しみ、心が自由になる解放の楽しみ。楽しいことをあげていけばきりがない。
相対的な価値観でこれらをとらえれば、当然、その反動として、苦しい状況は存在する。開拓者には孤独の苦しみ。創造には産みの苦しみ、勇気には不安がつきまとう、福祉には自己犠牲もある、共感があれば反感を買うこともある、心の解放には肉体的な苦痛が伴う。が、ぼくはそれらをひっくるめて楽しんで生きる特技を持っている。命の本質を直感的にとらえる。連続する時間の中で命は循環し、その循環の中でぼくらは生かされているのだ。
「人間は食物連鎖の頂点にいる」と考えてしまうと、すべての時間が止まる。しかし、食物連鎖の底辺に視線を持って行けば、別の世界が生まれてくる。微生物や昆虫の目線を持つのである。絶滅寸前のメダカやドジョウ、フナやアメゴの気分になるのである。そうすると時間は連続していて、その連続する時間の中で生命(いのち)は循環しながら繋がっていて、その
そのつながりを再現すること。それが有機栽培であり、ぼくのモチベーションの源になる。 5月の光の中、ぼくは魚になり鳥になりニンジンになって生きていることを実感している。
やました・かずほ 1950年 高知県生まれ。28歳まで東京でドラマーとして活動。その後帰郷し、高知市内で学習塾を経営。体調を崩したためにあらゆる健康法を試してみたが、最終的に食と農の問題に行き着く。1998年 本山町にて新規就農。2006年4月 高知県と地元NPO黒潮蘇生交流会(山下修理事長)との協働で「有機のがっこう」を始め、同年12月、第1期生14人の中8人が県内で就農。今春から第2期生11人が研修中。
著書「超かんたん・無農薬有機農業」は自ら開拓した「超自然農法」での有機農法をユーモア溢れる語り口で書かれた実践本。野菜20種の栽培法収録のCD 付き。
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外部リンク 「有機のがっこう」土佐自然塾HP http://www.tosa-yuki.com/
山下農園HP http://harehore.net/