全国各地から11人が集まり、そのうち2人が女性で、何と1人は1歳の子どもを連れての参加である。26歳から68歳までの新入生を前に「研修の心得」として3つのことを話した。1つ目は「まず、競争心を捨ててください」と言った。競争心が悪いと言っているのではない、「安易で幼稚なモチベーションの高め方をするな、子供じゃあるまいし」と言っているのである。
豊かな大地を守り、消費者の健康を守るための農業と競争心は何の関係もない。研修期間中はもとより、これから農業を続けていくためには、モチベーションの持続が最も大切なことであるけど、競争心や、過度の金銭欲、恐怖心、自己顕示欲などに頼ってアドレナリンを噴出させてはいけない。たまにはいいが、慢性的になると心身のバランスが崩れ、自分自身が苦しくなる。
これでは他人との戦いだけでなく、ストレスからくる自分との戦いで、恒常的に時間を浪費するようになる。こうなると、理想と現実に統一性が持てなくなり、自己矛盾を抱えたまま見えるものが見えなくなってしまう。例えば、時代を超えた命のつながりや、文字にできない技術的な部分を感覚的に学ぶことなど、農業の本質が分からなくなるのである。
2つ目は「失敗から学ぶ」のウソ。失敗する人はいつまでも失敗するし、成功する人は初めから成功する。「失敗から学ぶ」ことができるのは、その原因を検証する能力を持った人だけ。初心者は成功者から技術と姿勢を素直に学び、小さな成功を積み重ねていくことが、大きな成功を得るための近道となる。「なんか分からんけど、ようできる、虫も食わんし病気にもならん、う〜ん不思議だな?!」でいいのだ、最初は。
ついでにマーケティングについても言及しておいた。「バカみたいにお人好しになれ、人から騙されるような人間になりなさい」。「騙されなさい」と言っているのではない。「無欲になれ」と言っているのだ。マーケティングを突き詰めれば信頼である。その信頼を得るために、そこまで「腹をくくりなさい」と言ったまでのことだ。お人好しであっても無欲であれば人から騙されることはない。
透明感に包まれている人には悪人も寄ってこないし、手が出せない。消費者からは高い支持をいただくことができる。さらに使命感を持って次世代への責任を果たしていくことで、持続的に信頼が循環していく。これがマーケティングの本質である。
さらにもう1つ、3つ目としてこれが意外だったようだが、向こう3か月間「質疑応答の禁止令」を出した。「県の技術職員2名とぼくに、技術的なことで質問をするな」と言ったのである。この時ばかりは、全員目が点になったが、説明するとよく分かってくれた。
「学ぶ」ことと「議論ごっこ」の違いも話した。研修期間はたった1年しかない、その短い期間にどれだけ五感で畑の情報を記憶し、整理するかの勝負である。「疑問が出たら、それを自分のハードディスクに保存しなさい。農業用語のEC、CECなど分からない言葉は自分で調べてください。枕元には、必ず土壌肥料用語辞典を置いておくように」と。
まず3か月間は、学ぶ姿勢を学んでいただく。その上で、聞きたいことがあれば何でも聞いてください。用意のできた人から順番に「いつでも、かかってきなさい!」である。ま、夏ごろからだな、これは。
やました・かずほ 1950年 高知県生まれ。28歳まで東京でドラマーとして活動。その後帰郷し、高知市内で学習塾を経営。体調を崩したためにあらゆる健康法を試してみたが、最終的に食と農の問題に行き着く。1998年 本山町にて新規就農。2006年4月 高知県と地元NPO黒潮蘇生交流会(山下修理事長)との協働で「有機のがっこう」を始め、同年12月、第1期生14人の中8人が県内で就農。今春から第2期生11人が研修中。
著書「超かんたん・無農薬有機農業」は自ら開拓した「超自然農法」での有機農法をユーモア溢れる語り口で書かれた実践本。野菜20種の栽培法収録のCD 付き。
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外部リンク 「有機のがっこう」土佐自然塾HP http://www.tosa-yuki.com/
山下農園HP http://harehore.net/