「ものごとにはすべて表と裏がありますよね。家でいえば玄関と勝手口、その両方があって一軒の家が成り立っているわけです。ティアの場合、表の玄関からはお客様がお金を持って入ってこられるし、もう一方の裏の玄関からは、そういうお客様に満足していただくための支援者、取引先が入ってこられます。私どもにとっては表も裏もどちらも大切、両者ともティアを成立させる大事な存在なのです。ですから、お客様には全部を見て安心してほしい。どこをどう見られてもいい店でありたいし、すべてを知って、安心してほしい。それが、お客様に対するやさしさのひとつだと考えています」
元岡社長の言葉を裏付けるように、ティアの料理に添えられたプレートには、「○○町の○○さんがつくった…」等、産地や生産者の名前まで明記してあり、スタッフに尋ねれば、調理法も含め知る限りの情報を教えてくれます。店で使っている乾物や調味料がレジで手軽に買えるのも、情報公開のひとつでしょう。しかしながら、たとえ有機食材をうたっていても手の内を隠すレストランが多い中にあって、ティアのこのオープンさ、風通しの良さは驚きです。
森川さんを始めとするティアのスタッフは、全員、元岡さんの志を共有しています。それは、外食というステージを通じて、有機・無農薬の作物をつくっている生産者を応援し、引いては日本の農と食のあり方を変えていくことです。
「表」のお客さんは、大地の滋養に満ちた安全な作物を、家族や仲間と楽しんで食べることで健康を増進させ、「裏」の生産者は、苦労して育てた作物を多くの人に喜んで食べてもらうことで、励みとやり甲斐が生まれると同時に、経営面の安定にもつながります。表と裏の両者が出会い、つながる場所がティアであり、つなげるものがスタッフによってつくられた作品=料理なのです。
ティアでは、業界用語で「デシャップ」といわれる、厨房とホール間のカウンターを「歓喜舞台」と呼んでいます。心を込めてつくられた作物を、心を込めた料理に生まれ変わらせてお客様にお出しする。その料理を、一層おいしく味わっていただくために、身なりを整えて「正装」させる舞台だからです。
●リストラされない野菜たちは、葉も皮もまるごと生かされる さて、ティアの裏舞台には、提携している農家から毎日さまざまな野菜が届けられます。どれもこれも新鮮そのものの旬の野菜ですが、大きさも形もバラバラです。 「毎日驚きや発見があって面白いですよ。子どもの頭くらいの大きな親芋が届いたこともありましたしね(笑)。野菜にも1つひとつちゃんと個性があるんだなって、つくづく感じさせられます」(森川さん) ちなみにその親芋は天ぷらに変身したそうですが、コクが深くて粘りも強く、お客さんにも大好評だったということです。
「大きすぎたり、小さすぎたり、ちょっと形が悪い野菜、ちょっと虫が食っただけの野菜は、いわゆる『規格外』と呼ばれて通常の市場には卸せません。箱に詰めるのにも不便ですからね。こんな野菜は自家用に消費されるか、畑に鋤き込んで堆肥として使う以外は捨てられるしかなかったわけです。でもね、どれもこれも同じように手間と暇をかけてつくられた健康な野菜です。実にもったいない。人間も大量にリストラされる時代に、せっかくつくった野菜までリストラして欲しくない。野菜は工業製品ではありませんから、大小様々、ユニークで当たり前ですよ。料理して形を変えさえすれば、同じようにおいしくいただけます。それでティアでは、規格外の野菜も積極的に引き受けさせていただいているのです」(元岡社長)
自然の生命力をそのまま生かした無農薬・有機の野菜ですから、季節の野菜には当然獲れすぎも生じます。ティアではそれも大量に引き取り、サラダに煮物に炒め物にと、スタッフの創意工夫でバリエーション豊かな料理に仕上げます。旬に応じた食べ物を豊富に摂り入れるのが、自然の摂理にかなった健康の秘訣だからです。たとえばこの日の各テーブルには、甘夏がサービスとして乗せてありました。季節にはたわわに実をつけ、たくさん獲れてしまう大地の恵みの果物を、「どうぞご自由に味わってください」とお客様にふるまう、ティアならではのホスピタリティです。
間引き野菜だって引き受けます。いのちにつながる食の一片たりとも無駄にせず、皮から葉っぱに至るまで、素材まるごと使い切ります。無農薬・有機の新鮮な野菜は、稀少なビタミンやミネラルを含む皮も葉も、安心して食べ尽くすことができます。きんぴらゴボウの皮に残る土の匂いを嗅いだ途端、何か懐かしい、忘れてしまったような記憶を思い出す――。そんなことを感じながら、噛みしめて味わうお客さんもいることでしょう。
そのため常に生産地を歩き回って、農家の方々との連携を大事にしている元岡さんですが、最初に必ず「困っていることは何ですか?」と問いかけ、できるだけ問題解決に努めているそうです。生産者あってこそ、消費者のいのちと健康を守ることができる。従来の理不尽な流通に棹さして、生産者と消費者を外食という「ハレの舞台」でダイレクトにつないでみせる、まったく新しい流通の形。ティアの革新的な試みは、単に飲食業界のみならず、さまざまな方面から、今、大きな注目を集めています。
ティアの存在が全国的に知られるようになってくると、元岡さんの理念に共鳴して、ティアのような店をやりたいという人たちが増えてきました。それは同じ看板を背負ったいわゆるフランチャイズではなく、それぞれのオーナーが主役となった独自のティア、すなわちオリジナルの「旬の無農薬・有機野菜を中心とした家庭料理の店」です。
ティアでは、その仲間を「ティアの癒しの家族」と呼んでいますが、現在、直営が2店舗、グループ店が10店舗と、家族の輪は全国に広がっています。どの店も個性的でそれぞれの味わい深さがありますが、ティア流の「やすらぎの風」が吹いているのは共通しています。ティアの家族への道は、決して生やさしいものではありません。情熱と信念とたゆまぬ努力が必要ですが、それでもまた続々と、一員になりたい志願者は後を絶たないのです。[2007/4/27]