また、有機農業推進法の成立で各自治体がこれから行おうとしている有機農業生産者と消費者の交流や地産地消推進などは、ティア各店ではすでにそれぞれの地域性に合わせて取り組まれていました。今回紹介する今治市にある「家族のテーブル」では、オーナーの井本正子さんが市の「食と農のまちづくり委員会」推進委員の1人で、現場の声を積極的に行政に届けています。そんな頼もしいオーナーさんのいる「家族のテーブル」を訪ねました。
今治市は、日本一のタオル生産地であり造船・海運が盛んな商工業都市として栄えてきました。しかし、タオルに代表される綿業は中国などから安価な製品が流入して来るようになり、商業都市としての活気は薄らいできているようです。駅前通はシャッターを下ろした店が目に付きます。「家族のテーブル」は、そんな市街地通りから離れた喜田村地区にあります。
●ティアで働いて虚弱体質改善 40人以上で貸し切りもできるという広い店内。受付カウンターの傍に、手づくり果実酒を陳列した棚があります。梅やイチゴなどのスタンダードなものからバナナやゴマ、コーヒー、紅茶などの珍しい種類もあって、食事の楽しみに+αを与えてくれます。
座席に案内してくれたパート歴5年目の藤井弘子さんは、「ティアに巡り会わなかったら、今ごろ私はどうなっていたかしら」と話します。現在50歳の藤井さんは、虚弱体質で心臓も弱く、ご主人は「死ぬなよ、死ぬなよ」と言うのが口癖だったと言います。4人のお子さんは、難産ですべて帝王切開でした。
体調がすぐれずにいたころ、同店でパート募集をしていることを知り、「リハビリになるかしら」と応募。当初は1日3時間勤務で体をコントロールしていましたが、日に日に元気になり、現在は8時間勤務で週5日間働けるまでになりました。この要因を「ティアの食事にある」と藤井さんは言います。初めて厨房に入った時、皮ごと調理するゴボウや味付けの薄さにはショックを受けたそうです。
こうした料理を賄いで食べるうちに、「体が整ってきて、元気で働けるようになりました。主人が一番喜んでくれて、今では“仕事に行け行け”と言ってくれます」と喜びます。さらに、80kgあった体重は20kgも減量。「お金をかけずにお金をもらってダイエットに成功」と自信を持って友人らに披露しています。
●オープンを直訴 藤井さんの復調ぶりを人ごとでなく喜ぶのは井本オーナーです。井本さんも30歳過ぎたころから体調を崩し、10年ほど仕事も家事もできない状態が続いた体験がありました。
そんな時、食べ物で体を治す「マクロビオティック」の存在を知り、玄米や雑穀菜食を取り入れることで体質改善に成功。そしてティアとの出会いがありました。ティアのコンセプトに共鳴した井本さんは、「食の大切さを伝えるために、ティアを今治にオープンさせたい」と元岡社長に直訴しましたが、すぐに承諾してもらえませんでした。
しかし、自分の体を通して得た食へのこだわりが、「どうしてもティアをやりたい」と言う強い意志になり、何度かの交渉でようやく元岡社長の承諾を得ることができ、2003年9月「家族のテーブル」今治店がオープンしました。「やるからには、ロスは出さない。少しでも売り上げをアップさせる方法を考えなければならない」と井本さん。
実は井本さんのご主人は、地元のみならず四国・九州・関西地方をエリアに、流通からリサイクル・レンタル・外食・ファーストフードレストランまで多角的に事業を展開する実業家です。結婚後、ご主人の仕事のサポートをしていましたが、今では井本さんも経営者の仲間入りです。井本さんにとって、ご主人はビジネスの指導者であり、目標としている存在でもあります。「主人からどんなことにもへこたれない精神力を学んでいる」と言います。
●食の問屋機能を提案 女性起業家を思わせる井本さん。「食と農のまちづくり委員会」では、「生産者と消費者を結ぶ問屋機能をつくるべき」と提案してきました。問屋機能とは、安全で安心な食べ物をほしい人や店と、売りたい生産者が出会う場所ということです。
「地産地消」を推進し、有機農業生産者育成に熱心な今治市では、学校給食に地元の有機野菜を取り入れていますが、市民に普及するにはまだ生産者数が不足しています。JAの直売所には豊富な地元野菜が並んでいますが、有機表示をしている野菜は数えるほどです。このような現状から井本さんは、有機野菜を販売する拠点づくりを訴えているのです。
ティア同店が取り引きする「おりた農園」の織田悟さんは、愛媛県有機農業研究会に所属し、有機JAS認証の検査員の資格も持っています。しかも、店から車で5分の場所にある、まさに「地産地消」の関係です。米、野菜、柑橘類と手広く栽培しており、約300坪の野菜畑はEMボカシをたっぷり使った有機栽培で、通年約50品目がつくられています。
●食を通して結ばれる信頼の絆 織田さんから、3日ごとにファックスで旬の野菜の一覧表が送られてきます。必要な品を注文すると、織田さんが届けてくれる仕組みで、「足りないから」と言って急遽届けてもらうこともしばしば。「すごく助けてもらっています。お客様も織田さんの野菜のファンが多いです」と井本さん。
グループで楽しそうにランチをしている30代主婦の1人は、「アトピーの子どもがいて、インターネットで調べて来るようになりました。家族でもよく来ますが、友人とは2か月に1回のペースで来ます。野菜料理が豊富なのがうれしいですね」と満足します。1人でお弁当を食べていた年輩のお客は、「品数も多く、バランスもとれているので満足しています」と話します。高齢者が1人でも気楽に来店し、体にやさしい食事ができるのも同店の特色と言えます。
市内で自然療法の研究・普及をする「にんじんの会」代表の宇野詔子さんもティア同店の常連客です。グループの会合や接待に同店を利用し多くのお客を案内してくれるなど、オープン当初から支えてくれています。自然農法の実践者でもあるという宇野さんは、味にもこだわりがあり、「時々お料理に注文を付けることもあるのですが、井本さんは快く聞いてくれますよ」と、今では絶対的信頼を寄せています。
今治市は今年、有機農業推進自治体として農水省が提唱する「モデルタウン構想」に名乗りを上げました。井本さんは推進委員の立場から、「問屋機能を発揮した農産物の流通を確立して、有機農業生産者支援を呼びかけていきたい」と抱負を語ります。
食の危機はさまざまな疑心暗鬼を生みだし、人間関係の危機でもあると言えます。井本さんが自分の体を通して訴えたかった「食の大切さ」は、信頼という絆をキーワードにこれからも伝え続けられていくのでしょう。将来的には2号店構想もあるという井本さんにエールを送ります。