今年10月から、ティア同店のオーナー・園尾忠士さんの肝いりで始まった直売所ですが、地元の愛菜連JASクラブと漁師の高橋孝至さんが持ち込んだ朝取りの新鮮な野菜と魚が豊富に並んでいます。食事に来たお客が、自分たちの味わった食材が売られているのを見て「家族にも食べさせたい」と買っていくケースから始まって、今では口コミで遠方から買い出しに来る常連さんも多くなっているそうです。
もちろん、魚のさばき方や調理法はその場に居合わせる生産者が伝授してくれます。ときどき、厨房スタッフやシェフも「今日はどんな食材が入っているのかな・・」とのぞきに来て、お客や直売所メンバーと食材談義や調理法で盛り上がることもあります。 一番素材のおいしさを知っている生産者が自信を持って提供し、プロの料理人がその素材本来の味を引き出して消費者に提供する──そんな生産者と消費者の出会いを「食卓」で演出する喜びが、ティア「やさしさに出逢う店」にあります。
●“もったいない”魚と野菜 愛菜連JASクラブは、趣味で始めた畑づくりが高じてJAS認証を取得した7人の定年帰農者らの集まりで、通年50品目を栽培しています。代表の藤井仁士さんは、「直売所は、旬の野菜を新鮮なうちに届けられるだけでなく、地元の皆さんと直接ふれ合い、有機農業を理解してもらえる場になるのでありがたい。これを機に有機農業をめざす仲間たちも増えるのでは・・・」と期待を高めます。
また、福山地区青年漁業連絡協議会の会長でもある高橋さんは、瀬戸内海で水揚したばかりの豊富な魚類をトロ箱に入れて直接持って来ます。小さいのから大きいのまで、種類もいろいろ。「ティアは、規格外の品でも引き取ってくれるので、とても心強い」と声を弾ませます。 高橋さんは「7〜8年前から海の様子がおかしい。水温が低下し、魚の来る時期がずれて漁獲量が減少してきている。直売所はお客さんと直接話ができるので、こんな海の状況なども伝えていければ・・」と消費者との交流も楽しみにしています。
生産者ではこの他にも、神石高原町で有機農業を営む平元行信・二重さん夫妻がいます。平元さんは福山市内の大手スーパーに納入して残ったB級品と呼ばれる規格外の野菜をティア同店に引き取ってもらっています。ティア同店としても、片道40分かけて仕入れに行く手間が省けるので、双方にとって良い関係が続いています。
●プロがつくる家庭料理 売れ残った野菜や魚は、すべてティア同店が引き取ると言う約束でスタートしたこの試みは、厨房を預かるシェフたちにも“こだわり”の意識をもたらしました。フレンチとイタリアンを担当する西ノ博料理長は、「主婦層のお客様が多いので、ご家庭で再現できる素材を使ったメニューでプロがつくる家庭料理を味わっていただければ」とソースや盛りつけに工夫を凝らします。 和食の伊藤利幸シェフは、素材の下処理やダシの使い方で素材の旨みを引き出します。できたての「酢ゴボウ」を試食しましたが、皮ごと調理したにもかかわらずえぐみがなく、ゴボウの風味も損なわれず、合わせ酢のあんばいも良く、絶品でした。ゴボウをゆでるときに加える酢の割合とゆで時間の見極め方に、プロならではの技があるようです。
配膳のメリハリも見逃せません。店内中央に配置された料理の数々。よく見ると、「濃い味」「薄い味」「辛い味」「柔らかい」「かたい」など、年齢層や味付けの好みで取り分けられるように表示がされています。86歳のお祖母さんを囲んで4世代5人で食事をしていた家族連れは、「車で20分ぐらいかかりますが、よく来ます。年齢に合わせて好きな物が食べられるのと、安心して食べられるのが嬉しいですね」と大満足の様子でした。
ところで、西ノ料理長も伊藤シェフも長年ホテルや有名料理店などで腕を振るってきたプロ中のプロ。他のティア店では、主婦などパートの調理人が家庭の味を再現することが多い中、贅沢とも言えるスタッフです。これにはオーナーの園尾さんの、「ディナータイムには、少しグレードアップしたおもてなしの家庭料理を提供していきたい」との構想があるようです。
●食文化転換の父との出会い そもそも、ティア「やさしさに出逢う店」のオーナー園尾さんは、県内外に美容室・ブライダル事業を展開する㈱ロアールグループの代表です。3年前、喜寿を迎えた記念に、この場所にヨーロッパの城をイメージした建物を造り、美容室とイタリアンレストランをオープンしましたが、レストランは2年でクローズド。そんな矢先、ティアの元岡健二社長との出会いがありました。
園尾さんは、「長らくサービス業に携わってきましたが、現在は食文化の転換期のように思います。外食産業で食の安全・安心を明言し、“もったいない”理念で農・漁業生産者を支援する元岡社長は、“食文化転換の父”ですね」と、発想の転換を余儀なくされたことを述懐します。
妻の、久美子さんは、正食を勉強していたこともあって、ティア店オープンに積極的で、長男の博之さんとイタリアンレストラン時からの西ノ料理長と連れだってティア本店で修行。3人と会った元岡社長が、博之さんに尋ねました。「あなたが大事にしているのは何ですか?」。元々介護士の仕事をしていた博之さんは、「体にやさしく、お年寄りにやさしい店づくりを考えていたので、”やさしさです”」と即答。すると、「お店の名前は決まりだね。やさしさに出逢う店!」と元岡社長。店名が決定した瞬間です。
博之さんは、近い将来ティア同店の店長になるべく修行中で、目下厨房で料理見習い中。このあとフロアーで修行する予定です。園尾夫妻は、「美容室は造形美をつくるが、ティアの食を通して健康美つくりを楽しんでいただきたい」と提案します。
10月中旬、直売所に旬を迎える地元産のワタリガニが運び込まれました。しかも格安。厨房に届くまでもなく、あっという間に売り切れです。直売所にあふれる元気は、地域興しにもつながる活力を感じさせてくれました。[2007/11/8]