温もりのある木のテーブル、木の床に珪藻土の壁と、ティアの店の設えはすべてが自然素材でできています。穏やかな照明に照らされた店内には、ずらりと並んだホカホカの大皿から立ち上る湯気に乗っておいしそうな匂いが流れ、にぎやかな笑い声が絶えません。そこここに配置されたアンティークや民芸家具も、さりげなく目を喜ばせます。100席余りの客席に土・日は600人以上ものお客さんが訪れるので、時間帯に寄っては待つのは必然なのですが、不思議にも、誰もが待つ時間はまったく苦にならない様子です。
ウェイティング用の椅子は、昔懐かしい学校にあったような児童用の木の椅子です。ところが、多くの人が椅子に腰掛ける間も惜しむように、片隅の棚に置かれたティアでも使われている無添加の調味料、加工品、環境を浄化する石けんなどを手にとって子細に眺めたり、本棚に並んだ食関連の本やレジ脇にある小冊子をめくってみたりと、ここにある情報や空気まで持ち帰りたい雰囲気で嬉々として時を過ごしています。小さな子どもたちは、今どき珍しくナイフで研いである色鉛筆でぬり絵に興じて待っています。そうこうするうちに、手早くテーブルの用意を整えたスタッフが、「お待たせいたしました」と笑顔で席へ案内してくれるのです。
「ここの料理は、おいしいし、年寄りにも子どもにも身体にやさしい味ですよね、素材が生きてるっていうか。みんなで一緒に食事するときは本当に助かります。私は普段は忙しくて無農薬の野菜とか気にしてませんが、たまの外食のときには栄養を補給しようと思って来るんです。だって健康にいい料理がこんなにたくさん食べられるんですから、家じゃ絶対につくれませんよ(笑)」
ご主人のご両親と三世代7人でテーブルを囲んでいたお母さんは、こう語ってくれました。ティアの食事はたしかに「家庭料理」ではあるけれども、残念ながら、現実的に家ではなかなかつくれるものではありません。現代の主婦は家事に育児に仕事にと忙しい日常に追いまくられている上に、スーパーに行けば魅力的な即席料理の情報の洪水にさらされます。レトルトや冷凍食品等の調理済み・半調理済み製品がおいしさや安全性に欠けるとは知りつつも、わかっちゃいるけどやめられない、毎日の食事にそんなに手間と時間をかけちゃいられない、というのが多くの主婦の本音でしょう。
お客さん1人ひとりが木の皿を抱え、「いざ、出陣!」とばかりにフリースタイル(ビュッフェ形式)で挑むメニューは、通常なんと50種類以上。主菜のお惣菜は「はじめに素材ありき」の精神で、その日に入ってきた旬の無農薬・有機野菜、魚や肉をアレンジして日替わりでつくられるのですが、たとえばこの日のメニューは「もったいない魚の南蛮漬け」「バーグの手づくり揚げの包み煮」「手羽先の甘辛煮」「無農薬野菜の天ぷら」「だいこんの煮物」「ひじきの煮物」「白菜と油麩のくたくた煮」「みぶ菜のマスタード和え」「野菜のピザ」……などなど。煮物、揚げ物、炒め物等、まるでお惣菜の見本市のように所狭しと並んでいます。 なくなればできたての温かい料理が次々と登場します。「わが家の1か月分のオカズだわ…」と料理の数々を見渡しつつ、この日ばかりは日常を忘れて楽しもうと欲張って皿に盛るお母さんも多いことでしょう。
主菜の脇を飾るのは、素材そのままの野菜(サラダ、蒸し野菜等)やフルーツ、ご飯(玄米、十穀、麦、七分搗き、チャーハン等)、スープ(この日はつみれ汁、自然卵のスープ、野菜スープ、熊本名物タイピーエン、みそ汁等)、麺類(4種のパスタ、さぬきうどん等)、豆類、カレー、ハヤシ、品数豊富な漬け物の数々です。
この他に手づくりのデザートが10種余り、ソフトドリンクは冷温交ぜて20種類余、晩酌を欠かせない御仁のためには副原料を使わないビールや無添加のワイン、九州名産の地酒や芋焼酎まで用意してある充実ぶり。逸る心、浮き立つ足を抑えながらも、すべてのメニューをゆっくり見て回るだけでも結構な時間がかかります。 オリジナルドレッシングや自然塩など、添えられた調味料や薬味にも手抜かりはありません。徹頭徹尾、ティアで出される飲食物はすべて、素材から調味料に至るまで無添加・無農薬でつくられたもの。その安心感と生命力がテーブルのすみずみにまで漲って、1皿1皿の料理が光り輝いているようです。
子どもたちもティアが大好きです。背の低いテーブルに設えられた「キッズコーナー」には、手づくりのポテトチップスやラスク、黒糖ドーナツなど子どもの好きな揚げ物も並んでいて、自分で自由に取ることができます。黒糖シャーベットの器械の栓をひねって、自分で器に盛りつけるときなど大はしゃぎです。 「毎週来るけど、子どもも大人も飽きない」「おいしくて、気持ちよくて、店員さんもやさしいからついつい長居してしまう」「子どもは家ではあまり野菜を食べないけど、ここでならよく食べる」というお客さんの声も耳にしました。
「須賀さんは、大変な労苦を重ねて自然農法を実践してこられました。この本の中に、『食物は人間の生命の源です。大地のいのちと自然の恵みに満ちた健全な食物をつくり、1人でも多くの人に、また子や孫たちのために健全な食物を食べてもらうことは、農にたずさわる者としての使命である、と私は固く信じています』という須賀さんの言葉が出てくるんですが、私はそういう生産者の方が本当に生かされる店をつくりたい。それを日本中に広げていくことで日本の食と農を守っていきたい。と考えてティアを始めたんです」(元岡さん)
本物の農産物は、人間が本来備えている自然治癒力を増大させ、健康にする──。元岡さんはその真実を、自ら健康を損なったときにも痛感したと言います。 食の業界に携わって30有余年、前身は大手外食チェーンの社長として、赤字寸前の企業を店頭公開するまでに育てあげました。業界でもやり手経営者として熱い注目を集めていた元岡さんが、食をめぐる長年の自分の旅を振り返り、志高くライフワークとして誕生させたティアでしたが、最初の年は悲惨な大赤字に見舞われたそうです。 その苦境を切り開いたのが、いつもお客様を見つめ、常にお客様の立場に立って動く「やすらぎの風」。今のティアを訪れた人なら誰でも分かる、スタッフ1人ひとりのさりげない気配りに込められた、「やさしいおもてなし」の心だったのです。[2007/4/9]