連載



山下一穂 土佐自然塾塾長・山下農園代表
第18回 幸せの脳作業



もう何日も雨が降らない。畑も空気も乾ききっているのに、野菜たちはキラキラと輝いている。その美しさに見とれていると、僕の心も軽くなる。

日中は夏のような暑さだけれど、朝夕は炬燵(こたつ)がほしいどの寒さ。その温度差が、朝靄(あさもや)と大量の夜露と朝露を生み、好天にも恵まれ、光合成が促進される。その光合成によって生まれた糖分と、土にたっぷり含まれた空気から呼吸によって得た酸素、この二つが根の生育に必要なエネルギー源となり、さらに土づくりで活性化された根域の微生物の活動(作物の根と微生物の養分の交換作用)により、少ない養水分を効率的に吸収する状況が生まれる。そんな元気な根の働きで、病害虫のない野菜がすくすくと育っている。これが温暖な気候と四季に恵まれた日本の農業の本来の強み。農業も世の中も混沌としているけれど、その混沌を超えて包み込むような、自然の仕組みと循環と、それらを短縮、凝縮した畑は、慈愛に満ちたように優しく、揺るぎなく強い。

生きている土に、浄化された水が、葉脈にみなぎるチンゲンサイ
生きている土に、浄化された水が、葉脈にみなぎるチンゲンサイ

政治も経済も社会も、ひょっとしたらいつの時代もそうなのかもしれないけれど、なんだかずいぶん混沌としているように見える。多様なメディア、テレビや新聞、雑誌、インターネット、近頃ではSNS、それらを通して、あふれる情報、玉石混交の情報の中で、いったい何が本当なのだかよくわからない中、僕らの意識も混沌として、混乱している。

「右か左か、黒か白か」と、声の大きな人たちもいれば、判断がつかないまま、優柔不断に揺らいだり、迷ったりする人たちもいるし、自分のことだけで精いっぱいの人もいる。おそらく、みんな自分の性格に合った、気分的に楽な方を選んでいるのだろうとは思うけれど、だからといって楽になるかと言えば、ことはそう簡単ではなく、心の底では、誰しも何かしらの不安を抱えている。おそらく、そこに世の中の混乱の本質的な問題があるのではないのか、と提起してみたい。不安な人々の気持ちから生まれる不安定な思いが、この世の中を形作っているとしたら、それが僕にはとても不安なのです。なんとかみんなが仲良くできないものかな、といつも思う。「俺が、私が」をポイしちゃえば、簡単なのにな、とも思う。

赤と青と緑の波長が、鮮やかなコントラストを見せる
赤と青と緑の波長が、鮮やかなコントラストを見せる

色鮮やかな赤軸ホウレンソウに秋の光がはねる
色鮮やかな赤軸ホウレンソウに秋の光がはねる

誰がいいのか悪いのか、何がいけないのか、それらをジャッジするほど僕は偉くはないけれど、そうは思いながらも、政治家でも学者でも専門家でもない僕ら(普通の人々)が、物事の価値と善悪を判断するときは、直感に頼るか、好きか嫌いかで決めるしかない。その場合、あるいはそれ以前に、自分の利益と社会の利益の、どちらを優先するのかで、その直感の背景にある情報の質と量は変わる。その一人ひとりの意識の総体が具現化したものが国家、すなわち国のありようとなる。だから、とは言え、自分の利益を無視するなんて誰もできないし、ましてや社会の利益と両立なんて、さらに難しい。

だからこそ、それを超えたところに、個人の安心と社会の安定があるのではないのか、それが一つの、ひょっとしたら唯一の、本質的な解決方法ではないのか、と仮定してみた。もちろん結論は世界平和だ。世界平和なくして日本の平和があるはずがないからね。その証明のキーワードとして「多様な価値観の共有」がある。不安を安定のエネルギーに転換するような何かを見つけ、筋道を立て、それを証明するのは、かなり難しいとは思うけれど「固有の価値観を超えた、大いなる意思とその存在」を信じて、僕は僕なりに、残り少ない人生にこれを考え続けてみたい。それはまた時間をかけてゆっくり考えるとして、とりあえず、自称天才の僕としては、正真正銘のアホとして、ただ「みんな、仲良くすればいいのにな」と単純にそう思う。だから自然の仕組みと、その多様な生命の循環と、揺らぎと安らぎの波動に共振し、それから生まれる直感を大切にしたい。これは、経済性の安定と、豊かな自然の両立を目指すための、つまり、幸せの持続性を得るための、欠かせない「脳」作業だと思うのです。

畑の話にもどります。

突き抜けるような青空と、澄みきった空気に包まれた美しい畑で、無音の躍動がうねり、透明な光が跳ね、作物の無口な饒舌(じょうぜつ)がその喜びを隠しきれないでいる。太陽のエネルギーをたっぷり蓄え熟成された土。それに濾過(ろか)され浄化された水。その透明でふくよかな水が根に吸収され、導管を通り、血管のような葉脈を流れて植物体内を巡り、気孔から水蒸気となり、温度が下がれば葉面で水滴となり、それが朝日を浴びてキラメキとなる。そのキラメキが、美しい畑とともに、背景の山や川と一体になって共振している。

質量は保存され、その総量は一定ではあるけれど、無数の物質が形態的変化を遂げている中で、それらの一つひとつには固有の意思と波動があり、多様な生命とともにお互いが干渉しながら、その振動波が多層的に、重層的に、時空を超えてシンフォニーのように共鳴している。全ては、つながっているのだ。

その人智を超えた、宇宙から降りてくるような、大いなるもののメッセージに、心を澄ませ、耳を傾けていると、なんだか「ま、いいか」と、心が軽くなるのですね。

周りの景色と一体となり共鳴する畑。全てはつながっている
周りの景色と一体となり共鳴する畑。全てはつながっている


★★★ 畑丸ごと堆肥化のワンポイントアドバイス ★★★

団粒構造の発達した、ふかふかの土と、少なめの肥料で、すくすく育てる。それが虫や病気を出さない、コツのコツです。

もう一つ、秋の晴天、乾燥が続く中、コマツナやミズナなど小さな種を播く場合。その発芽率を高める簡単な方法を伝授します。播種後、もみ殻を土が見え隠れするぐらいに(厚さ1cmほど)敷き詰め、不織布(商品名パオパオなど)で、べた掛けしておきます。これで晴天が3週間以上続いても、夜露ともみ殻と不織布の保湿効果で、発芽がそろいます。ぜひ、お試しください。



(2015年11月9日)

やました・かずほ
1950年 高知県生まれ。28歳まで東京でドラマーとして活動。その後帰郷し、高知市内で学習塾を経営。体調を崩したためにあらゆる健康法を試してみたが、最終的に食と農の問題に行き着く。
1998年 本山町にて新規就農。2006年4月 高知県と地元NPO黒潮蘇生交流会(山下修理事長)との協働で「有機のがっこう土佐自然塾」設立し塾長に就任。8年間で100人を超える塾生が学ぶ。この経験をベースに有機農業参入促進協議会会長として新規就農者の拡大に東奔西走中。著書に「超かんたん無農薬有機農業(2010・南の風社)」、DVD「超かんたん無農薬有機農業 ムービー編Vol.1 これでどうじゃ」(2010・トランスウェーブ)、「無農薬野菜づくりの新鉄則(2012・学研パブリッシング)」。

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