連載



山下一穂 土佐自然塾塾長・山下農園代表


レタス畑とダイコン畑 どちらも絶好調


ジャガイモは花が落ちたら収穫


南国市にある10aの玉ネギ畑


甘味が最高と大人気

ぼくの畑にスランプはない。
理由はカンタン。ぼくが作るのではなく、土が作っているから。畑の中の多様な生命と、太陽のエネルギーから生まれた有機物が、豊かに循環していく自然の仕組みが作っているからだ。自分が作ると思えば、必ず好不調の波があるし、低調の時に自意識に力みが入ると、感性はさらに硬直し、何も見えない不明の泥沼に陥る。そんな時はサッと気持ちを切り替えて、「ぼくが作るのではない。豊かな環境が作るのだ」と謙虚になれば、作物はきちんと答えてくれる。どの道、多様な地球上の生命で、人間が作ることができるものなんて、何一つないのだから。すべては自然の仕組みの中で生み出され、成長し、世代交代を繰り返している。その流れを感覚的に理解できれば、スランプの無い野菜作りができる。

豊かな環境と畑と土、多様な生命に作ってもらうと腹を決め、その状況を畑の中にコンパクトに再現すること、それをイメージとして捉えることが、有機農業技術の基本中の基本。その上で、様々な肥培管理や、耕種的防除の技術的な質を高め、科学的な考察も加え再現性と安定性を高めていく。

その技術も自分で決めるのではなく、作物に一つひとつ聴く。「今、水が欲しいの?どのくらい欲しい?この枝切る?切らない?」。心の目と耳で聴いて、聴きまくる。決して「俺が、俺が」と自分で決めない。決めるのはあくまでも作物。お天気、水、空気、光、影、風の匂い、香り、気温、地温。五感を駆使して感性を尖らせ、畑の雰囲気に決めてもらう。それを聞き分ける透明なセンスが必要なのだ。

そのためには、心と体の末梢神経をむき出しにして農作業に没頭し、感性を鍛え、センスを磨く。同時にその感覚を言葉と文字に置き換えて頭でも理解すると、再現性と持続性が高まる。工業的な大規模栽培や、試行錯誤に年月を費やし続けてきた、経験豊かなベテラン農家なら別だけど、初心者が小規模でハイクオリティな作物を作るとするならば、マニュアルとルーティン(日々の作業)だけに頼った安易な野菜作りは、悪魔の囁きと心得よ。形通りにやればなんでもできると勘違いして、感性を閉ざしてしまえば元も子もない。それでは何時まで経っても、センスと技術の向上は見込めない。すなわち綺麗で美味しい有機野菜を、安定的に多収量で作るのは難しい。何年やっても上達しない人、というのは、そこが分かっていないからなのだな。

と、こう書けば何やら難しい話に聞こえるけれど、レシピさえあれば、名人クラスのシェフや料理人が作るような料理ができますか?できませんね。これと同じことです。鍛え上げた末に生まれる一つの優れた直感は、百の理屈に勝る。一人の篤農家に百人の研究者がかかっても歯が立たないのも同じ理屈。だから、体験値が大切なのです。そのためには優れた師匠を見つけ、徹底的に真似をする。「独自性は?」「個性は?」、そんなものいくら切り捨てても、次から次へと内から湧き出てくるから心配ない。そのぐらいもって生まれた自我や自己顕示欲は、業の深いものがあるのだ。だからそんなものはポイしちゃえと言っている。小さな自分をポイしちゃって、みんなで農業の持続的な再生を目指そう、日本の農業をもっと元気にしようよ。そして、多国籍企業の大規模工業的な農業に、一泡吹かせてやろうよ。TPPさえ阻止すれば生き残れる、という単純な問題ではないのだから。

そんなハイクオリティな野菜を作るつもりはありません・・・

何を言っている。豊かな自然の仕組みを、その再生産力の根源と捉え、それをベースにハイクオリティ(美味しい、綺麗、質感が高い)な農産物を作らなければダメなのです。それがあれば、武器、弾薬、経済力に頼らなくても、奴らと戦えるのです。戦えるだけではありません。世界各国が自国の環境に即した、個性的な農林水産業を再生させること、そこから生まれた多様な文化と価値観を互いに認め合い共有すること、それに対する世界的な合意を形成し、仲間を増やすことが、究極の平和運動となるのです。

これは、自然の仕組みを大切にする輝ける未来の世界作り、すなわちスランプの無い歴史作りでもあるのだな。




【土作りのワンポイント】
有機物を投入し、多様な微生物の活性を高め、腐植を増やす。
EM生ごみ堆肥は、その微生物のエネルギー源となる窒素を含んでいるし、何より堆肥そのものが、有用で多様な微生物の種菌でもある。EM生ごみ堆肥が入手できない場合は、EM活性液や、米のとぎ汁発酵液を多用する事でも、同様の効果がある。


作物ごとの詳細な作り方は、拙著「無農薬野菜作りの新鉄則」(Gakken)を、参照されたい。
エッセイが中心の「超かんたん無農薬有機栽培」(南の風社)もあります。

(2015年6月2日)


やました・かずほ
1950年 高知県生まれ。28歳まで東京でドラマーとして活動。その後帰郷し、高知市内で学習塾を経営。体調を崩したためにあらゆる健康法を試してみたが、最終的に食と農の問題に行き着く。
1998年 本山町にて新規就農。2006年4月 高知県と地元NPO黒潮蘇生交流会(山下修理事長)との協働で「有機のがっこう土佐自然塾」設立し塾長に就任。8年間で100人を超える塾生が学ぶ。この経験をベースに有機農業参入促進協議会会長として新規就農者の拡大に東奔西走中。著書に「超かんたん無農薬有機農業(2010・南の風社)」、DVD「超かんたん無農薬有機農業 ムービー編Vol.1 これでどうじゃ」(2010・トランスウェーブ)、「無農薬野菜づくりの新鉄則(2012・学研パブリッシング)」。

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