連載



山下一穂 土佐自然塾塾長・山下農園代表


入塾式で祝辞を述べる山下塾長




10期生は9人。まずは草とり?




農業理論の講義もスタート

今年もまた、希望に胸を膨らませた、9名の新入生が土佐自然塾に入塾した。新卒の若者から、30代、40代、定年近い年配の方も含め、その顔触れは多士済々。

祝辞。

「書を捨てよ、畑にいでよ」「五感を鍛え、感性を磨け」「百の理屈より、一瞬のヒラメキ」

「悩む前に体を動かせ」「閉じた心を解放せよ」

良い技術は、良い環境と体験から生まれる。そして、それを裏付ける理論がその技術力に安定性と再現性をもたらす。だから両方を学ぶ必要がある。しかし当塾では理論は後付けとする。理論が不要と言っているのではない。直感だけに頼った不安定な技術を、理論が整理することは当然のことだけど、物事には順序があると言っているのだ。だから良い体験が先行し、理論が後から追いかける形をとる。「失敗から学ぶ」のウソにも言及しておこう。それができるのは、一定の経験を積んでそれを検証する能力が備わった人に限る。初心者が失敗から学ぶことはありえない。だから良き師匠と良き環境が大切なのだ。

詳しく述べよう。良いものを安定的に作るためには、多岐にわたる農作業の、その一つ一つが適切で、正確で、早いかどうか、上手いか下手かが問われている。水やりや、整枝、剪定などの肥培管理、トラクターなどの機械操作技術、天敵の誘引や、ネット防除などの耕種的防除もあるけれど、病虫害を未然に防ぐその基本中の基本は土づくり。

そして多種多様な生命が息づく、豊かな自然が循環する仕組みを、コンパクトに畑に再現することも大切。他にも、雑草管理や、微生物活用技術、土壌診断や施肥設計等々、数え上げればキリがないぐらいたくさんの作業と技術がある。百姓と言われるぐらいだから、百通りの農作業に、百通りのニュアンスがある。それを習得するには、五感をむき出しにし、全身で反復訓練する必要がある。それを、ノリ一発でやる環境を、土佐自然塾では整えている。

気分よく積極的に学ぶための快適な脳内環境を整えるためには、不安などの不要なファイルを削除し、脳内ハードディスクの空き容量を増やすことも学ぶ技術の一つ。そのために一番良い方法は、悩む暇がないほど体を動かすこと。これを数か月繰り返し、心と体が慣れてきたら次のステップ。土の物理性や化学性、生物性について技術書から、学ぶ。その場合「自分にはちょっと難しい」レベルに頭を使うのはいいけれど、それ以上の難しい内容は読み流す。定期テストで点数を取るような、文字と数値を暗記するような頭の使い方は、時間とエネルギーの無駄。「下手な勉強、休むに似たり」。この際、学生気分とはキッパリ手を切る。だから読み流すのだ。とにかく、農業が好きな人なら、大切な情報は必ずハードディスクのどこかに残っていて、それが現場の刺激に反応して蘇ってくる。

作物が教えてくれることもあれば、畑の状況を反芻しているうちに、「あ、そうか!」と気が付くこともある。「なるほど!」直感と理屈がつながり始めると、さらに楽しくなる。こうなれば流れはこっちのもの。学ぶ楽しさと働く楽しさの好循環「あ、そうか、なるほど」症候群が始まる。ここでやっと難しい理論を学ぶ環境が整ったわけだ。さあ、ここからは頭もしっかり使って、さらに感性と文字と数字と理論をつなげていこう。後は、そこから導かれた結論を保存し、現場で必要な時にその情報を取り出せばよい。そのためには、さらに脳内ハードディスクの容量を増やし、心を強く保つ必要がある。だから、その意識の拡大のもとになるモチベーションを、何に求めるかが問われている。「何のための人生か」と。

「日本の農業を変える」「消費者の健康を守る」「美しい日本を取り戻す」

拡大した意識には、自由と解放感、すなわち幸せが後ろから忍び寄って来る。




畑で雛を育てるキジ
さてさて、今年もまたぼくの畑では、雉(キジ)が卵を温め始めた。雉も種の保存本能で、自然が豊かで清潔な環境を、子育ての場として選んでいる。塒(ねぐら)となる林や天敵から身を隠す藪も近くにある。秋から春までの雉のエサは草の実や木の実、夏は昆虫類。ぼくの畑の中と周りはそれだけ自然が豊かなのだな。時々、雉が作物をついばんだりするのもご愛嬌。毎年、スナップエンドウに飛びついている雉もいる。間もなく雛がかえり、この豊かな環境ですくすくと育つ。そして来年の今頃には立派な親鳥に成長し、また卵を孵す。ほんの小さな事例だけど、自然と人間の共存の雛形がそこにある。

新入生たちも、来年の今頃には、立派な親鳥(百姓)になっているといいな。






(2015年5月2日)

やました・かずほ
1950年 高知県生まれ。28歳まで東京でドラマーとして活動。その後帰郷し、高知市内で学習塾を経営。体調を崩したためにあらゆる健康法を試してみたが、最終的に食と農の問題に行き着く。
1998年 本山町にて新規就農。2006年4月 高知県と地元NPO黒潮蘇生交流会(山下修理事長)との協働で「有機のがっこう土佐自然塾」設立し塾長に就任。8年間で100人を超える塾生が学ぶ。この経験をベースに有機農業参入促進協議会会長として新規就農者の拡大に東奔西走中。著書に「超かんたん無農薬有機農業(2010・南の風社)」、DVD「超かんたん無農薬有機農業 ムービー編Vol.1 これでどうじゃ」(2010・トランスウェーブ)、「無農薬野菜づくりの新鉄則(2012・学研パブリッシング)」。

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