連載



山下一穂 土佐自然塾塾長・山下農園代表


講演する山下さん
「ビギナーズラック」と言うものがある。初めて釣りをしたら大物が釣れた。初めての競馬や競輪で大穴を当てた。良いか悪いかは別として、それでハマってしまう人は結構多いものだ。そして、それからが大変になることも良くある。ぼくの場合は、家庭菜園を始めたら、初めから綺麗で美味しい有機野菜ができた。それでハマってしまった。

EMを使ったら、さらにデキが良くなった。デキが良いと気分が良い。気分が良いとさらに意欲が湧いて、あんなに嫌いだったお勉強が全く苦にならないし、ならないどころか面白くてしょうがない。参考書をむさぼるように読みふけっては畑に入り浸った。「あ、そうか、なるほど」と参考書の理屈と畑の土と作物のデキが、感覚的につながる快感は格別のものがあったし、一日中草取りしても飽きないほど農作業も楽しかった。畑に整列した美しいキャベツに見惚(ほ)れては一人悦に入って「こんなきれいなキャベツが無農薬でできるはずがない」と、農家からクレームが来たら「むふふ・・・」と、余裕でほくそ笑んだものだ。


今が旬の大根
「地球を救う大変革」比嘉照夫著(サンマーク出版)との出会いも衝撃だった。その頃はまだなんとなくではあったけれど、この本を手に学び続けることで、光合成を起点に、微生物の働きを中心に、植物と動物、多種多様な生命が相互補完的に、山や川や海、田んぼや畑で、機能、干渉を繰り返しながら循環していくダイナミズムを実感した。そしてさらに、地球全体を俯瞰(ふかん)してみれば、一つの巨大な生命体として循環と進化、その大いなるものに感動しては、豊かな環境を何とか取り戻したいと、本気で思うようになった。自分の小さな畑と、地球全体が少しずつ繋がり始めたのだ。

そして今から17年前、「こんな遊んでいるような毎日で、飯が食えたら言うことない」と、48才で農家になった。しかし、それからが大変だった。農作業が楽しいだけでは済まないのだ。生活していくためには一定の所得も必要だし、それを得るためにはさらなる、安定生産と労働の質と勤勉さが問われ、後ろから刃物を突きつけられて走り続けるような日々の連続で、気忙しい心の状態が続いた。しかし、気が付けば、買い支えてくださるお客様がいて、そのお客様のありがたさが身にしみてわかってくると、そのご恩返しに自分には何ができるのか、何をやりたいのか、自分の本心に問いかけ続けて5年が過ぎたころ、有機農業を通して、豊かな自然を取り戻すことが、ぼくの仕事だと納得した。そして有機農家を育成する「土佐自然塾」の開校。さらにその5年後には「有機農業、有機農業と言うな!農業をどうするかだろう!」と、退任したばかりの橋本大二郎元高知県知事に、一括されたことも大きな衝撃だった。「そうだ、日本の農業をどうするか」なんだと、決意を新たにしたころ58才になっていた。

また、振り返ってみれば「田舎でのんびり百姓でも」と言うのは甘い夢に過ぎなかったんだな。まるでジェットコースターに乗っているような生活は今でも続いている。

さらに大きく自分の人生を振り返ってみれば、物心ついたときは、周りは豊かな自然にあふれていたし、両親にはとてもかわいがられていた。これがぼくの人生におけるビギナーズラックだっただけれど、もって生まれた煩悩は星の数ほどあるから、調子がいい時は、当たるを幸いに、周りをなぎ倒すこともあれば、ちょっとしたことで落ち込んで、憂鬱(ゆううつ)な日々を過ごすこともあった。人並みにややこしい性格なのだな。

しかしここに来て「人一人の力はタカが知れている」という自覚はできた。だからこそ年相応に力を抜いて「仲間作りを大切にしたい」。そこだけはしっかり筋を通して生きていきたいと思いながら、とうとう65才、高齢者の一年生になった。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

(2015年2月19日)

やました・かずほ
1950年 高知県生まれ。28歳まで東京でドラマーとして活動。その後帰郷し、高知市内で学習塾を経営。体調を崩したためにあらゆる健康法を試してみたが、最終的に食と農の問題に行き着く。
1998年 本山町にて新規就農。2006年4月 高知県と地元NPO黒潮蘇生交流会(山下修理事長)との協働で「有機のがっこう土佐自然塾」設立し塾長に就任。8年間で100人を超える塾生が学ぶ。この経験をベースに有機農業参入促進協議会会長として新規就農者の拡大に東奔西走中。著書に「超かんたん無農薬有機農業(2010・南の風社)」、DVD「超かんたん無農薬有機農業 ムービー編Vol.1 これでどうじゃ」(2010・トランスウェーブ)、「無農薬野菜づくりの新鉄則(2012・学研パブリッシング)」。

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