連載



山下一穂 土佐自然塾塾長・山下農園代表

今秋、二回目のホウレンソウが発芽し始めた。双葉の先が種をつけている。ということは、播種溝が浅すぎたのだ。深すぎても生えないから、この見極めが大切なのだけど、みんなへたくそなんだよね。土の状態、種子の性質、それらに関するマニュアルを活用しながらも、実際には同じ条件で播種することはほとんどないから、最終的にはその加減は経験と勘で決める。そのために明るいうちは畑で走り続け、体験値を積み上げて腕を磨く。他の農作業も同じこと。参考書のお勉強は、寝る間を惜しんで夜にやる。立ち止まって、文字と数字に置き換えて考えている暇は現場にはない。土壌診断も施肥設計も、雨の日や夜のうちにサッサとやって、パシッと決めておく。


元気いっぱいの弟子たち
さらに言えば、マニュアルで表される数値はあくまでも基準値だから、それ以上の繊細な手だてには、さらに微妙な加減と対応が必要になる。五感を研ぎ澄ませ、想像力を掻き立て、文字と数値に置き換えたら膨大な量になるであろう情報を俯瞰しつつも、逆にそれらを整理統合し、一定の結論を導き、具体的な作業に落とし込むクリエイティブさが問われる。この脳的作業を一瞬で行わないと仕事が回らない、その仕事の総量が収穫、売り上げとなる。そして、この一瞬一瞬の積み重ねで技術は磨き上げられ、仕事の質は向上していく。だから、忙しいほど人は育つのだ。とにかく体で覚える。「なんだか、よくわからないけれど、きれいな有機野菜がいつも良くできる」となれば、とりあえず一丁前。「理屈は一丁前だけど、作ったらさっぱり」となるのが一番困る。就農に対する強い意志と覚悟も必要だし、不安をはたき込んだり、うっちゃったりする柔らかな感性もいる。


1年に1回しか体験できない稲作
2年や3年の研修で得られる技術力はタカが知れたもの、体験値にも限りがある。米に至っては年に一回、10年やっても10回しか体験できない。確かに物理的にはそうかもしれないが、想像力を駆使し、映像として反芻を繰り返せば、その体験値は時間と共に2次関数的に増えていく。いつも畑のことしか頭にないほど農業が好きなこと。これこそが農業における最大の才能なのだ。マニュアル人間になって、想像力を閉ざしてしまうと、何をやってもやたら時間がかかる。この時間を敵に回すというリスクも避けたい。そのためには、とにかく体で覚える。さすれば時間が「あれもできる、これもできる」と味方に付いてくれるのだ。

マーケティングについていえば、そんなこと勉強する必要は全くない。なぜなら「きれいで、美味しい有機野菜」には、膨大な需要があるからだ。大量生産、大規模流通から生まれる「そこそこの商品」では対応できない、手つかずの巨大なマーケットが、ごろんと横たわっているのだな。嘘だと思うならピカピカの有機野菜を作ってごらん、勝手に売れるから。山下農園、土佐自然塾に来れば、それが一目瞭然。注文に対応しきれない状態が続いている。だから「みんなで集まって、販売のお勉強会」なんて遊んでいる暇はないし、その必要もない。そんな暇があったらとにかく畑に出よう、働こう。それから、競争心なんて幼稚な考えはなんの役にも立たないと心得よ。「人に負けたくない」と思った時点で、もう自分に負けているのだから。「敵は我にあり」なのだ。とかなんとか、えらそうに言っているみたいだけれど、これらは全て、弟子たちの迷い、悩む姿から学んだこと。


今夜も美味しいエンターテイメント
48才で農業に出遭って、自分の言葉と経験値で物を考えるようになって、多様な価値観の共有という、健全な社会の基盤整備の大切さがやっと見えてきた。それから人生がぜん面白くなったけれど、もうすぐ後期高齢者 の仲間入りなんだよな、あ~あ。でも、理想(社会貢献)と、現実(安定収入)は両立(自己実現)できることを、みんなにはもっと早くから気が付いてほしいな。というか、理想なき現実はあり得ない。それを通して、次の世代に命をつなぐバトンランナーとして走り出してほしい。理想が高ければ高いほど、そのために働けば働くほど、現実が結果を伴って後ろから追いかけてくる。

弟子:師匠はいつも、早い時間からお酒飲んで、美味そうな料理を食べて、幸せそうに寝ているようですけど、本当は夜もお勉強しているのですか?

するか、そんなもん。

(2014年10月24日)

やました・かずほ
1950年 高知県生まれ。28歳まで東京でドラマーとして活動。その後帰郷し、高知市内で学習塾を経営。体調を崩したためにあらゆる健康法を試してみたが、最終的に食と農の問題に行き着く。
1998年 本山町にて新規就農。2006年4月 高知県と地元NPO黒潮蘇生交流会(山下修理事長)との協働で「有機のがっこう土佐自然塾」設立し塾長に就任。8年間で100人を超える塾生が学ぶ。この経験をベースに有機農業参入促進協議会会長として新規就農者の拡大に東奔西走中。著書に「超かんたん無農薬有機農業(2010・南の風社)」、DVD「超かんたん無農薬有機農業 ムービー編Vol.1 これでどうじゃ」(2010・トランスウェーブ)、「無農薬野菜づくりの新鉄則(2012・学研パブリッシング)」。

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