食育基本法制定、栄養教諭制度、学校給食法改正など、ここ数年で学校給食を取り巻く状況が大きく変わっています。食の安全性、同時に原材料価格高騰などによる給食費値上げや、業務の外部委託など種々の問題も表面化してきています。 そのような中、全国各地の自治体・学校で、学校給食を生きた教材にと、産直・地場産食材の推進や生産者との交流など様々な取り組みが行われています。今回は、宮城県大崎市の自然農法農家の佐々木一郎さんと地元小学校の学校給食の取り組みを紹介します。学校に旬の野菜を12年も届けるとともに、環境教育の講師も務める佐々木さん。子どもたちの野菜嫌いがなくなり、子どもたち自身が意欲的に米・野菜づくりなど行うなど食育活動に繋がっています。
宮城県北西部に位置する大崎市の中心部にある古川地区。特に佐々木さんの畑や高倉小学校がある場所は、周りに水田地帯が広がり、共働きで3世代同居の家庭が多い。地域の人たちの教育への関心は高く住民同士の繋がりが深い。その地域性を活かし、学校給食食材の地産地消、有機・自然農法の野菜使用という取り組みが長年続けられている。
平日の毎朝7時半には家を出発する佐々木さんと奥さんのみよこさん(80歳)。この取り組みを始めて12年になる。当時、給食用の畑は3反くらいだったが、学校の要望もあって、現在は面積を約3倍に広げ、年間約25品目の野菜を栽培。高倉小学校の他に小学校1校、中学校1校、あわせて約1000人に旬の野菜を運んでいる。
農家の朝は早いとは言え、高齢の身で楽な作業ではないはずだが、「子どもや孫も通った学校で愛着もあります。子どもたちの健康のためにも、無農薬無化学肥料の自然農法を生涯続けていきたいです」と農業歴65年の大ベテランは、断固たる決意を持っている。みよこさんも「子どもたちが野菜を美味しいと言って喜んでくれるのが一番嬉しい。年をとってもお父さんと一緒に仕事ができて、農業は楽しいです」と二人三脚で自然農法に取り組んでいる。
三澤さんの強い要望もあって、翌年には、佐々木さんは学校給食納入業者となり、他の野菜も届けるようになった。市との契約書には、「自然農法による無農薬無化学肥料栽培野菜」とはっきり明記し、ただの業者としてではなく、「子どもたちの健康づくりのためには、自然農法産野菜が必要」との思いを根底に持ち取り組んでいる。担当窓口の市教育委員会も、市内にもっと広がってほしいと期待を寄せている。
ここまで自然農法にこだわりを持つのは、佐々木さん自身が、健康の秘訣は自然農法野菜を食べているからとの実感からだ。2歳になる曾孫の喘息が野菜食にしたら良くなった。高倉小学校の前任の校長も、アトピー性皮膚炎や貧血症を患い、病院通いを続けていたが、5年間の在校中に症状が改善し、「自然農法産の野菜を食べたお陰」と感謝している。
現在、高倉小学校では年間使う約45品目の野菜のうち、半分は佐々木さんのものを仕入れている。特にタマネギやネギなど保存がきくものはほぼすべてが佐々木さんのつくったものだ。学校では献立を、佐々木さんからの出荷予定表を見てからつくることにしている。もちろん、栄養素の基準や一定の予算でつくる必要があるが、まずは食材ありきという姿勢を取っている。昨年赴任した栄養士の田中栄子さんは、「佐々木さんの野菜は、普通の野菜と比べると色も形も違います。安心して使えます」と信頼感を持っており、現場の調理員さんも、自然農法産の野菜は余計な味付けをしないで、野菜そのものの味で美味しいと、実感している。
給食の時間には、「今日の地場産野菜はニンジンとネギ、ハクサイ、ダイコンです。皆さん美味しくいただきましょう」と放送があるが、それを聞いた子どもたちは、「これは佐々木さんのニンジンなんだ」と喜んで頬張る。そこには以前の野菜嫌いの子どもという姿は見られない。
生産者が身近になったのと同時に野菜も身近になったのだろう。田中さんは、「ここの子どもたちの野菜好きにはびっくりしました。他のところではどうやって野菜を食べさせたらいいのか悩んだこともあったくらいですから。食べ残しもほとんど出ません」と驚きを隠せない様子で話してくれた。
田中さんは「佐々木さん以外の地場産は割高なので」と吐露するが、佐々木さんの野菜を仕入れて安くなった分、予算を他の食材に回すこともできる。葉物などは、その日の朝に収穫したばかりのものが使え、栄養価の面でも申し分ない。佐々木さんとしても、「選別の手間がなく、規格を揃えたり包装したりする必要がないのはありがたいです」と利点が多い。野菜だけで年間200万円以上の収入を得られ、米づくりでの赤字を補填でき、生活も充分成り立つとのこと。消費者である学校と生産者である佐々木さんとの双方にメリットがある。
佐々木さんの野菜が無農薬無化学肥料のこだわり野菜にも関わらず、他の業者よりも安い理由は栽培方法にある。自然農法の考えに基づき、土づくりから種まき、水やりに至るまで、自然界の有用な微生物であるEM技術を活用している。その結果、発芽率はほぼ100%で病害虫にかかりにくい野菜づくりが可能になり、安定した収量を確保することができるようになった。
高倉小学校では、総合的な学習の時間を利用して、全校の子どもたちが、学級菜園で野菜づくりを、地元農家から借りた田んぼで米づくりを行っている。畑や田んぼの世話は、佐々木さんをはじめ、農家である子どもたちのおじいさん、おばあさんが先生となり、子どもたちと一緒に汗を流しながら行う。子どもたちも農作業を経験することで、食べ物をつくる大変さ、大切さを学ぶことができ、まさに地域ぐるみで教育が行われている。
佐々木さんは年1回、3~4年生にEMボカシのつくり方を教え、子どもたちはできたEMボカシを学級菜園の土づくりに使う。また、4年生が直接佐々木さん宅へ行き、EMについて聞いたり、畑の様子を見て自然農法による野菜づくりを学んだりしている。佐々木さんが、「この土がフカフカなのは、団粒構造になっているからです」と説明する前に、「学校の土とは違うね」と言うなど、自然への観察力も身についている。
佐々木さんは、「子どもたちがつくっている野菜もすごく立派です。10年もEMボカシを入れているからかなり土がよくなっていると思います」と評価しており、子どもたちに負けていられないと奮起している。
収穫祭の最後には、地域の先生1人ひとりに子どもたちの手づくり感謝状が手渡される。「EMのことを教えてくださったので、畑で育てた野菜は大きく栄養いっぱいに育ちました。ありがとうございます」と、4年生が思いを込めて書いた感謝状を渡された佐々木さんは、「こういうものをもらうと力をもらえます。また来年もがんばろうという気持ちになります」と感慨一入の様子だ。
佐々木さんは、畑のお世話にとどまらず、EMを活用したプール清掃もサポートもしている。子どもたちにEMについて説明する時に、分かりやすい資料も手渡すが、その資料や体験したことが子どもを通して親に伝わり、保護者の中でも家庭内でEMを活用する人が出るようになり、学校内のみならず、地域の教育へと発展するようになった。
高倉小学校の熊坂正春校長は、「佐々木さんに美味しい野菜を提供してもらうなど、食に恵まれているから子どもたちも健康です。一般的に言われる朝ご飯の欠食もないし、風邪で学級閉鎖になることもありません。また、学校が荒れるということもありません」と話す。
82歳の佐々木さんが中心となって築いてきた地域に密着したこの取り組みを、今後は息子さん夫婦が継ぐことになっている。いつまでも続き、それがさらに広がっていくことを願ってやまない。
国が定めた「食育推進基本計画」では、各自治体で、平成22年度までに学校給食への地場産物の使用割合を30%以上にするよう数値目標が掲げられている。さらに、今年4月に改正された学校給食法でも食育がより重視され、地場産物を使い生産者と交流することなどが求められており、地産地消推進の動きに拍車がかかることが予想される。
さらに、「有機農業推進法」成立を受け、全国各地の自治体で有機野菜の学校給食への供給の動きが活発になっている。県の有機農業推進計画で学校給食への導入促進を掲げているところもあり、有機農業モデルタウンに採択された団体でも、主な取り組みに学校給食の食材提供を掲げている協議会が45団体中約1/3(平成20年度)あり、中では導入校の増加を数値目標にしているところもある。
今回の事例のように、地元農家との関わりによって、子どもたちが、地域、食材、食そのものに興味を持ち、関心を高めていく傾向は、まさに学校給食が生きた教材になっている現れと言ってもいいだろう。佐々木さんの熱意とこだわり、学校側の受け入れ体制、農村地帯という地域性など、様々な要因があって継続できているこの取り組みだが、これが決して特別なことではなく、すべての子どもたちに対して普遍的に平等に与えられる教材であってほしいものだ。
佐々木一郎(ささき・いちろう) 1927年宮城県大崎市古川生まれ。家業である農業を営んでいたが、1962年からJA宮城経済連に勤務。1994年退職後、集落営農組織である農業生産組合中沖グリーンファームを10戸の農家と立ち上げる。現在、約370aで米や野菜約25品目を栽培。中沖グリーンファーム顧問。自然農法農業士。
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