FAO国際連合食糧農業機関が、2010年10月に第2回食料・農業のための世界植物遺伝資源白書を発表しました。その中でこの100年の間に75%の農作物の遺伝的多様性が失われ、このまま気候変動が続けばピーナッツやジャガイモ、豆類など重要食物作物の在来種の22%までが、2055年までに消滅すると報告されています。こうした生物多様性の喪失は、人口が90億となる45年後には自らを養う食料生産に重大な影響を与えるとしています。 こうした問題をさらに深刻にしているのが、先進国による種子の独占、新品種の特許登録、遺伝子組み換え作物問題などで、農民がその土地で種子の採種(自家採種)をしながら行う伝統的な自給的農業、家族農業、有機農法や自然農法を続けることが難しくなっています。 こうしたことを背景に有機農家を中心に在来種の交換会が行われるなど、オーガニック志向の人たちの種子への関心が高くなってきました。1991年から自然農法による品種育成(育種)と採種を行い、自然農法・有機農業生産者へ種子を頒布している(財)自然農法国際研究開発センターの中川原敏雄さんと石綿薫さんにお話を伺いました。聞き手は、「ストップ遺伝子組み換え汚染種子ネット」の入沢牧子さんです。
こうした問題をさらに深刻にしているのが、先進国による種子の独占、新品種の特許登録、遺伝子組み換え作物問題などで、農民がその土地で種子の採種(自家採種)をしながら行う伝統的な自給的農業、家族農業、有機農法や自然農法を続けることが難しくなっています。
こうしたことを背景に有機農家を中心に在来種の交換会が行われるなど、オーガニック志向の人たちの種子への関心が高くなってきました。1991年から自然農法による品種育成(育種)と採種を行い、自然農法・有機農業生産者へ種子を頒布している(財)自然農法国際研究開発センターの中川原敏雄さんと石綿薫さんにお話を伺いました。聞き手は、「ストップ遺伝子組み換え汚染種子ネット」の入沢牧子さんです。
中川原 一般に市販されている種子は、収量が多いこと、作物の形が揃っていること、誰にでも簡単に栽培できること、この3つの条件を満たすように設計されたもので、種子のコスト
石綿 種苗会社の品種改良のための選抜圃場では、農家が肥料成分で10kgの肥料を入れているとしたら、15kgぐらいの肥料を入れて選抜対象を選びます。農家が20kgの肥料を入れたら25Kg入れて栽培します。農家は安心のため肥料を多めに入れたがるので、耐肥性という性質(大量の肥料を入れても大丈夫という性質)をもつ種子の育種をするのです。植物の視点から見ると肥料がたっぷりの環境に適応したF1※1の親が出来上がっていきます。
中川原 経済性から見たら、当然農家の人たちは経済効果の高い種子を望むわけです。その思いが「常に新しいもので、いいものを」というようにヒートアップして今のような、より多収量高品質の競争になっているのではと思います。その結果、何世代もかけてその土地の気候風土で自然淘汰を繰り返した在来種※2がなくなってしまったわけですね。農家が代々受け継いできた種子には、生命力の強い種子を得るための技術や知恵も継承されてきたのではないかと思います。
入沢 では、自然農法の種子とはどんなものなのでしょうか
強い種子を育てるためには、ある程度作物が求めている方向を探して、それを選んでいかないといけません。それを探し出すために、どうしたらいいかずっと研究をしてきました。一般的な作物栽培は、人間が耕し肥料を入れるわけですが、実は肥料をやらなくても作物自身がやる働きが結構あります。
畑から抜け出して、身近な場所で生えてくる自生野菜は、畑で栽培するのとは違ってイキイキとしています。たくましく自分で周りを耕し、そこに種子をこぼしていきます。作物にも、野性植物のような自立する力があるのですね。作物にとって厳しいと思われる自然に近い環境条件が、生命力の強い種子を育てているとしかいいようがありません。
入沢 生命力を持った種子を育てる条件は何ですか。
自分の力で根を伸ばしながら、逆にミミズとかいろいろな虫を集めて、ひとつの共生関係を形成する能力がある種子は、「生命力」が強く「生活力」が旺盛で、どんなところでも生きていけます。自然農法ではそういう種子を選抜しています。「生命力」や「生活力」を別な言い方をすると、「子孫を残す力」の強さですね。そして、そのような性質をもった品種は、おもしろいことに草をみんな抑えてしまいます。
試験農場では、草は刈るけれども抜くことはしません。草は適当に生やし、その作物が草を抑えているか抑えていないかを見ます。草が生えていることの農作物への影響は、むしろプラスの方が大きいのです。作物が畑を優先していれば、むしろ草はあった方がいいのです。株元は適当にミミズのすみかになりますから。土の中の状態は見えませんが、草と作物は悪い関係ではないのです。草が細々とキュウリの株元で生えているという感じがちょうどいいのです。ああいう状態を目指せばいいんじゃないですか。
結局、人間が選ばなくても、例えば、キュウリだったらキュウリの果実を、秋に土の中に埋めると、次の年に自然に出てきますよね。よく見ていると、ばらばらに出てくるんですけども、結局、50本とか、50株ぐらい発芽した中から、枝を一番伸ばす株が出てきます。その株は根も一番伸ばしますから、そういう株がほかの株を抑えて実をつけるわけです。そのように自然と強い株が選ばれてきます。
入沢 その土地で持続的に食べられてきた在来種が減っています。自給率を高めるためには、種子の自給も考えなくてはいけないと思いますが。
石綿 食糧だけではなく、種子も輸入に頼っている現状ですね。農家が自分で種子を採る技術や、在来種から収穫した作物を料理する文化がなくなってしまいました。しかし、今、農村地帯では、農協の婦人部などが中心になって、在来種を使って特産品づくりをする動きも出ています。たとえば、在来種のつけ菜のお漬物を復活させたり、在来の大豆で味噌づくりを始めるなどの話題をよく聞きます。
地域で在来種を復活させようとか、育種をして新しい品種をつくっていこうとか、そういった動きになっていけば、「じゃあ、どうやってこれはつくるの?」っていう話から、「肥やしはどれだけいるの?」「いや、いらないんだよ」っていう話にだんだんなると思います。昔は、肥料などなかったのですからね。
種子が変わると農業のスタイルなり、食べ方のスタイルなりが変わることに結びついてくると思います。ですから、自家採種を食育と絡めたらどうでしょうか。健康のためには、この地域では何を食べるのが良いのだろうかと、食文化なり伝統食みたいなものと結び付ければ、種子を学ぶという動機付けにもなります。
また、実際に野菜を自分たちでつくってみようというところから、その種子はその地域が供給できるのかという話になっていけば、じゃあ、それは大人の務めとして、子どもたちに残そうということになり、採種を続けていこうとなるのではないかと思います。
入沢 種子はその地域の食文化につながっているのですね。
石綿 その地域で育ったものを食べるというのは、その地域に吹いている風や雨や光や、そこにすみついた微生物とか、「風土」そのものを食べるということです。単に、ある成分が多いとか少ないとかではなく、いわゆるその地域特有の自然の恵みをいただくことで自然と身体が一体になる行為で、これが身土不二の本当の意味だと思います。
入沢 これから先、種子の力で有機農業を推進するにはどうすればいいでしょうか?
石綿 「有機農業推進法」の第9条を読むと、技術開発の促進は基本的には国にあるとなっていますから、種子の開発を行う仕組みをつくる義務も当然国にあると思います。しかし、国が自ら種子を開発したり普及したりするのではなく、民間の活力を利用して有機の種子が開発され供給されるような体制を法律に則り整備することが国の役目だと思います。そのためには、今ある独立法人やわれわれの財団のような民間農業機関と都道府県の農業試験場などを有機農業のために役割分担を決めてうまく交通整理をしてもらえたら良いと思います。
有機農業の特性で言えば、地域ごとに種子センターをつくっていくのがよいかもしれませんね。採種農家が比較的自家採種しやすい環境や、既存の採種組合があるようなところから、有機に変えていく。日本中で食べられているキャベツやキュウリはどこでもあった方がいいでしょうが、地域性のある、例えば信州のつけ菜などは、その地域で育種するようにしたらどうだろうということです。自治体ごとにつくらないといけない有機農業推進計画は、もうできているはずですが、種子について検討する場を持つ視点がすっぽり抜け落ちているのが残念です。
入沢 例えば、自然農法国際研究開発センターには有機の種子を普及する仕組みがあります。それを、県や市町村などの地域で生かすような具体的な取り組みは、何か考えられませんか。
石綿 長野県の場合は、社団法人長野原種センターという県独自に開発した品種の採種と種子の流通を受け持つ団体があり、そこが実際に種苗会社のような事業をやっています。県独自で、有機の種子の開発しようと思えばできるし、それを一般の種子と別枠で販売したり、普及したりすることもやろうと思えばできる体制が整っています。 けれども、県の施設の場合は有機に向く育種が県の方針に盛り込まれないと、一切事業として動いていきません。現場や研究段階で農家や研究員同士で日常的な情報の交換や、何らかのアプローチがあっても、それが政策として事業化され予算化されるところまで持っていくのは大変難しいことです。
入沢 自然農法の種子を農政のテーブルに載せるには、どうすればいいのでしょうか。
石綿 私たちの立場からすると、まず現場で自然農法の種子を使ってもらうことではないかと思います。と言うのも、政策を立案する人たちは、普通、実態調査から入ります。実態調査をして、「じゃあ、こういうことの需要があるから、これの研究をしなさい」っていう話になってくる。例えば、インターネットで「有機農業」と検索すると、うちの財団の種子が相当ヒットして、有機農業の現場ではどういう種子が使われているかということが分かります。県の技術開発部門の人たちが、そこの事例調査をしたときに、自然農法の種子を使うことによって、「ここはうまい経営ができているようだ」というようになってくる。そうすると、品種のところから見直してくる。例えば、「自然農法の種子を前提にした栽培体系っていうのは、どういう栽培がいいのか」という話になっていきます。
作物にとって、どのように強い根を張らせる状況をつくっていくかがテーマになれば、それは種子と組み合わせないと生きてこないという話になります。そこにきて初めて、研究課題として挙げられるようになるのです。
中川原 うちの種子も、使う人が少しずつですが年々増えています。家庭菜園や専業でやっている人の中にも、ここで採種された種子を使って農薬や化学肥料を使わない農業を始めています。うちの種子を使っている方が3,000軒ぐらいになるところですから、ある程度は評価されていると思います。
中川原敏雄(なかがわら・としお) 東京農業大学農学拓殖学科卒。(財)自然農法国際研究開発センター研究部育種課課長。日本では数少ない、自然農法にあった種子の育種を行う専門家。主な著書に「はじめよう有機農業」(共著・全国農業会議所刊)。石綿薫さんとの共著「自家採取入門―生命力の強いタネを育てる」(農文協刊)がある。(財)自然農法国際研究開発センター 自然農法の種子
石綿薫(いしわた・かおる) 東京農工大学農学部卒。(財)自然農法国際研究開発センター研究部生態系制御チーム長。品種―栽培方法―土づくりの組み合わせによる有機栽培技術の研究開発に取り組む。農の会幹事、信州ぷ組・長野県園芸研究会・日本園芸会・日本土壌微生物学会などの会員。
入沢牧子(いりさわ・まきこ) 生活クラブ生協活動を行う中で遺伝子組み換え食品の存在を知り、食品の元である「種子」から取り組む必要を感じて「ストップ遺伝子組み換え汚染種子ネット」を立ち上げ、ナタネ種子のGM汚染実態調査などを行う。国際有機農業映画祭事務局員。
よく乾燥させて冷蔵庫へ
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