たくさんの若者たちに支えられ
田舎暮らしや新規就農を始めると、友人知人が次々にどんな暮らしをしているのか様子をうかがいにやってきます。
どんなところで、どんな生活をしているのか、都会生活を捨て、わざわざ選んで住んでいるのはどんなところ?
みんな興味津々なんです。しかも、大抵は最初の3年くらいの間にやってきます。我が家では多い時はひと夏に30組くらい来ちゃった年もあります。でもちょっと考えてみてください。田舎暮らしを始めた人、新規就農をした人たちにとって、それは単に移住しただけのこと。
もし、たくさんお金を持っていて、自分の望む土地を見つけ、新築して住んだ人ならすぐに訪ねていってもいいのかもしれません。でも大抵はすべてこれから始まるのです。
最初の3年はその土地の人との人間関係をつくり、そこの自然を学び、どうやって暮らしを組み立てていくか、試行錯誤の真っ最中。その人がつくりたい世界はまだ始まってすらいないかもしれません。取り敢えずの住居、取り敢えずの仕事、自分がつくりたい世界はそれから10年、20年くらいかけて少しずつつくってゆくのです。ですから進捗状況を見守る、またはそんな彼らを少しでも手助けするために訪れる、力を貸す、それが目的で訪問してほしいな、なんて思います。
私たちの今は、そんな友人、知人、何かの縁で我が家を訪れたたくさんの人たちによって支えられてきた、とつくづく思います。我が家は自分たちで手造りしたログハウスに住んでいますが、そのログハウス造りには、夫が学生時代からやっていた子供のサバイバルキャンプの仲間たちや当時の子供たちが深く関わっています。夫は早稲田大学の探検部の出身で、現役時代から子供達のサバイバルキャンプのリーダーをしていました。当時サバイバルキャンプがちょっとしたブームで、そうそう、川口探検隊なんかがTVで人気番組になっていましたよね。そんな時代の話です。
ジャパンアウトドアクラブ(JOC)という組織が出来て、その組織は早稲田大学探検部OBが中心となって大々的に活動をしていたのですが、無人島に子供たちを何十人も連れてサバイバル生活をするとか、富士山の樹海でキャンプをし、富士の風穴に入ってみたりするとか、夫は色々なキャンプの運営や指導的立場で活動して来ました。
我が家の新規就農前後、夫が学生だった当時の子供たちがそろそろ高校生、大学生、社会人になっていった時期でもあり、彼らが引っ越しの際もたくさん手伝いに来てくれて、移住後も入れ替わりで我が家を訪れ、一緒に農作業をしてくれました。そしてログハウス造りの際には、JOCが解散した後に当時のリーダーたちがこの活動を残そうと別の団体として「森人野外塾」と名前を変え、その森人野外塾の夏のキャンプを朱鞠内でやろう、そして残れる人はその後我が家のログハウス造りを手伝おう、ということで、たくさんの仲間たちが我が家のログハウス造りに関わってくれました。
自然が命を再生させる
また、我が家には、様々な事情を抱えた若者がやってきます。 ある日突然一本の電話がかかってきて、まだ10代の高校を卒業して間もない若者が数か月我が家で一緒に農作業をしたこともありました。2年続けて夏に農作業に関わってくれた若者もいました。精神的に追い詰められてうつ病や統合失調症を患った若者が数か月一緒に暮らし、農作業も一緒にやって、元気になって社会復帰した子もいます。
そんな経験をしていて思うのは、自然の力の持つ生命力のすごさです。彼らは、我が家にいたというだけで、私たちは決して彼らを治療したわけでも指導したわけでもありません。ただ一緒に暮らし、できることを一緒にやっていただけでした。
そんな彼らの様子を見ていると、自然の植物がメキメキすごい勢いで育ち、花を咲かせ、実を付ける、その生命力のすごさに驚いたり励まされたり、自分も頑張れることに気付いたりするのですね。命と関わること、人は自分だけでなない無数の命と関わって今を生きているということ、そのことに驚きと感動と自分の命を実感するのかもしれません。 私たちもまた、そんな彼らに助けられ、辛い時もみんなで一緒くたになって頑張り、様々な危機を乗り越えてきたように思います。
そんな若者たちがやがて一人前になり、幼い頃から戦力として手を貸してくれていたわが子も進学で我が家を離れると、夫婦二人だけの生活になりました。
これまでの規模を維持するためには、これからも若者たちと関わっていく必要もありましたが、それ以上に、夫は若い頃からやりたいと思ってきた塾を始めようと言いだしました。
それが現在も活動している平成朱鞠内開拓塾です。
<以下、平成朱鞠内開拓塾パンフレットより>
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<設立理念・目的>
北海道でも豪雪、極寒の地として知られ、11月から5月下旬まで実に半年以上を雪に覆われる朱鞠内。そのはずれの自宅から続く丘の連なり、北に数十kmにわたって広がる無人の森、その森が作る清らかな空気、汚染の流れ込まない川、日本最大の面積を誇るダム湖の朱鞠内湖もその傍らに小さく見える程の広がり。寒いばかりで人の住めない不毛の土地とも言われるが、生活の在り方を変えれば大変豊かな土地でもある。
この広大な地域を舞台として若者に力一杯手足を広げて生きてみて欲しい。私自身が若いころ感じた “こういう場所があったらな” という思いを形にしていきたい。それが開拓塾開設の理由です。
日本の田舎は宝の山。しかし田舎で暮らすには何かしら自然に働きかけなければならない。ここではその働きかけ方を技術的な面と精神的な面とを、自らの生活を通して実践することで確実に身につけていきます。山をみても畑をみても雪をみても、すっと入っていけるだけの力を身につけます。
畑を耕し、種を播き、収穫をする。家畜を育ておいしく安全な食物を得る。狩猟をし、また山菜を採って貴重な栄養源とする。川や雨、雪、氷など水の動きに留意し適応する。そういったすべての活動に自分の生き方が具体的な行動として反映される。そういう中身の濃い時間を過ごしてほしい。
ここでの生活は概ね半日ずつの実習と学習に分かれ、実習では経済面を支える農業の時間、主にEM農法栽培のじゃがいもや南瓜、トマト等およそ50品目の生産・管理・出荷を行います。
学習では北国のくらしに必要な知識・技術の習得を目指します。さらに北部北海道と結びつきが深く、厳寒であるにもかかわらず、ゆうゆうと、そして生き生きと冬を過ごす北東アジアやアラスカの生活文化を学ぶことで、新しい北海道の生活様式の形成に取り組み、多様で豊かな生活を生み出す試みをする。
ある地域で独自で独特な生活をするということ、それは文化の多様性です。一つの価値に縛られない生き方を模索します。今、金融至上主義のもと、遺伝子組み換え作物をはじめ、多国籍企業による世界のグローバル化が急速に進んでいます。すべてを単純化し、もてるものともたざるものへと二極化していきます。しかしそれは大多数の人にとってけっして幸福な社会ではありません。にもかかわらず、安くて簡単便利なそれらは拒否するのも難しい。なんとか多様で豊かな世界でありつづけられないか。そのためにできることを若い皆さんと考えていきたいと思います。
要約すると目的は以下です。
- 北国ならどこでも生きて行ける技術を身につけ、田舎の豊かさを享受できるようにする
- 社会の色々な場面で創造的な関与(開拓)ができる精神性を身につける
- 新しい生活文化の創造の試み、文化の多様性、人の営みの多様性に実践を通して目を向ける
- 一人一人がグローバリゼ-ション(単一化)に対するローカリゼーション(多様化)のための小さな砦となる(以下省略)
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現在も塾生の募集は行っていますので、興味がある方はお問合せください。
また、昨年からWWOOFホストにもなり、世界各国から若者やちょっと若くない方も含めて我が家で農作業をお手伝いいただいています。
そんなこんなで今は様々な人の出入りが多くなっているのですが、『もう少し安定した経営基盤と人手の確保が重要』と、今年の3月に法人化し、正社員の募集も始めました。
が、現実は厳しい!
ハローワークに募集をかけても、問い合わせすらごくわずか。。現在も正社員、アルバイトさんを募集しています!
急激な人口減少に突入している今、若者は引く手あまた。ほんの2年くらい前までは就職浪人やら新卒でいるための留年の話がニュースになっていたはずなのですが、今や都市に近い農家さんでも人手がないと困っています。
今農業の現場で本当に深刻に必要なのは、若い力です。農業者の平均年齢は68歳。どう考えても、今後あと10年もすれば、日本の農業者人口は急激に減ってしまいます。今北海道では何が起きているか?中国資本が農地を買い、生産して中国本土に持っていく、そんな動きが盛んになってきました。
農家の後継者は一人でも多く実家に戻り、農業を継いでほしい。この国の未来の危うさに、切迫感を感じています。
平成朱鞠内開拓塾としての塾生や、WWOOFを通しての国内外からの人たち、そしてそれ以外でも様々な人を今後も受け入れます。皆さんに負けないように、私たちもまだまだ頑張っていかなければ。
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みやはら・みつえ/ 北海道川上郡標茶町出身。学生時代写真部に所属。写真スタジオのアシスタントを経てフリーランスに。日本人女性唯一の大型野生動物の写真家としてアラスカの自然と野生動物をライフワークに取材を続けていた際、現在の夫と出会い、結婚。冬季のアラスカネイティブ社会で生活した経験を持つ。 狩猟採集の生活をベースに自然と共に暮らす生き方の実践のため現在の朱鞠内に1997年新規就農。現在耕作面積約60ha、そのうち約3haでEMを使った無農薬無化学肥料栽培で数十種類の野菜の栽培も行っている。
Mt.ピッシリ森の国:https://www.pissiri.com/
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