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シン・オーガニック 土壌・微生物・タネのつながりをとりもどす

コンビニにはパックに詰められた総菜が並び、いつでもどこでも簡単に食事を得られる時代です。たとえば、サラダとして売られている千切りキャベツ。丸ごとのキャベツを見たことがない若者もいるという話も耳にします。
ましてや、キャベツ畑の存在など想像もできないかもしれません。こうした現代の若者に対して、「人は土から離れて生きていくことはできない」と言ったところで、果たして理解してもらえるでしょうか?
しかし、それは自明の理なのです。

人類は「みどりの革命」によって自然を征服し、手なずけて必要な作物を手にしてきましたが、その代償として資源の枯渇、地下水や土壌汚染、温暖化などの問題が人間の手に負えないほど深刻化しています。化学肥料や農薬の使用が全盛だった時代は、もはや終わりを迎えようとしています。いや、終わりにしなければならないのです。
そこで今、有機栽培や自然農法への転換が求められています。これまで、さまざまな実践例がありましたが、それを支える理論的な裏付けが不足していたため、大きな流れにはなり得ませんでした。過去、慣行農業以外の農法が表に出ることはなかったのです。
みどりの革命・・・1960年代に進められた稲・小麦などの多収量品種の開発と、その導入によってもたらされた開発途上国における農業技術の革新。(デジタル大辞泉より)

この367ページに及ぶ大書は、生産の仕組みを「土」に重点を置き、なぜ自然から学び、模倣することが重要なのかを原理から紐解きます。38億年にわたる生命史の冒頭から、生物と土壌の関係や土の構造を明らかにし、現代農業の問題点を指摘していきます。地質学、生物学、土壌学といったさまざまな知識体系が複雑に絡み合いながらも、全体を俯瞰して見渡すことができるのです。難解な部分もありますが、自然というものがいかに巧妙にできているかを理解することができます。

土壌と微生物、タネは一体であり、そのキーワードは「循環」と「共生」です。化学肥料や未成熟なたい肥の過剰な施肥は、作物を病気にし、農薬を必要とする状況を生み出します。植物は本来、根と土壌微生物とネットワークを組んで必要な栄養素を自ら作り出します。ここに自然の摂理の核心があるのです。

「自然を尊重し、その摂理に順応する」ことを重視した自然農法の創始者、岡田茂吉氏は、肥料を施すことで土壌が本来持つ力を発揮できなくなると看破しました。「生きている土の偉大な能力を発揮させれば、自然は豊かな恵みを与えてくれる」と述べ、「病気を治したければ、土壌を健康にしなければならない」とも説いています。

肥料を土壌に投入することで、植物の生理は乱れ、自らの力で生きることをやめてしまう。その結果、病気が発生し、弱った作物を食べる害虫が増える。害虫は原因ではなく、慣行農業の結果にすぎない、と著者は言います。また、農薬や化学肥料は土壌のミネラルを減少させ、植物を不健康にします。化学肥料には微量元素が含まれていない。過剰な施肥が作物の栄養不足を引き起こしている。このパラドックスには目から鱗が落ちました。

そもそも植物が必要とする養分のほとんどは、植物の根からの滲出液と土壌微生物が仲介する物質によって得られています。植物からすれば、「わざわざ栄養を与えられなくても、適切な環境さえ整っていれば良い」ということでしょうか。

では、無肥料での栽培ではどのようなことが起きるのでしょうか?無農薬の「奇跡のりんご」の栽培に成功し、自然栽培を提唱する木村秋則氏の圃場を調査した弘前大学の杉山修一名誉教授は、土壌中のカーボンや無機態窒素が増え、窒素固定菌が増加していると報告しています。無施肥の窒素欠乏条件を維持することで、窒素固定を行う細菌が増えると結論づけています。

木村氏は、「安心・安全な食の生産」「異常気象下での食糧確保」「環境保全を考慮した栽培」という3つの条件を満たすのが自然栽培だとして、行政、生産者、消費者が一体となった取り組みが必要だと訴えています。農業の大型化、AI化、ビジネス化とは異なる、土の健康から農と食を考える人々にとって、本書『シン・オーガニック』はその後押しとなることは間違いありません。

最後に、自然農法、有機農法に尽力した日本の篤農家が紹介されています。自然と敵対せず、自然と調和して生きる思想を根底に持つ日本人だからこそ発揮される叡智が詰まっています。土を耕さず、草を生かし、輪作し、在来種を植えるなどの多くの知恵は、今や世界が注目する日本の宝ともいえるでしょう。農家だけでなく、国民全体で温故知新。特に食べる側の私たちは、まずキャベツ畑を見に行くことから始めませんか。その時はキャベツだけではなく、見えないけれどもその下にある土壌の世界にも目を向けてみてください。


シン・オーガニック
土壌・微生物・タネのつながりをとりもどす
吉田太郎 著

出版社:農山漁村文化協会(農文協)
発行日:2024年7月5日
言語:日本語
単行本:368ページ
ISBNコード:9784540231674
定価:2,530円(本体2300円+税金)

【目次】
はじめに なぜ、いま、自然への畏敬なのか――断ち切られた関係性のつむぎなおし
序章 自然生態系の創発から見えてきた有機農業のメカニズム
第Ⅰ部 地球史からみた植物と土とのつながり
第1章 生命誕生とカーボンと窒素の深いつながり
第2章 植物上陸と土ができるまで
第Ⅱ部 土からみた動植物の健康
第3章 健康であれば作物も家畜も病気にならない
第4章 無化学肥料でも農業はできる?
第5章 リンは微生物のつながりと資源循環で
第6章 健康な土は水を浄化し動物も健康にする
第Ⅲ部 進化からみた微生物とタネとのつながり
第7章 共生の進化と森林の誕生
第8章 大地再生農業とタネのつながり
終章 過去の篤農家の叡智をいまの目で見なおす
おわりに――真のレジリアンスを求めて
あとがき
索引

シン・オーガニック
土壌・微生物・タネのつながりをとりもどす
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