「いったい、どこのだれが劣化した自然をそのまま持続させたいのか?」必要なのは、むしろ「生態系をよみがえらせること」だ。やせた土地は保水力がなく土壌は劣化し、雑草が増え収量は少なく、投入コストが増えても生産性はなく、さらに塩害、植物の病害、外来害虫、土壌流出、採算悪化などさまざまな禍害となって表れる。これらの原因はただひとつ「生態系の機能不全だ」と続くと、思わず「そうだ、その通りだ」と叫びたくなる。あるいは、そうなんだと腑に落ちる人もいるだろう。さらに「小さな変化を生み出したいなら、やり方を変えればいい。大きな変化を生み出したいなら見方を変えなければ」というアドバイスは農業だけではなく人生論を読んでいる気持ちになる。
主人公は全体から考えるホリスティック※な見方に変えたアメリカの農家、ゲイブ・ブラウン。破壊をやめれば死んだ土は生きた土に変わるのだという結論に至るまでのドラマチックな展開に多くの読者は惹き込まれるに違いない。
※holistic 全体的な・総体的なという意味の英語表現(出典:Weblio辞書)
地球温暖化の原因の4分の1は農業にあるといわれて久しい。では、どうやってそれを止めるか?残念なことに日本では議論にすらなっていない。
しかし、日本よりも工業的農業を進めるアメリカや砂漠化が激しいアフリカでは、カーボン・ファーミングとして注目されているのがリジェネラティブ(環境再生型)農業だ。カーボン・ファーミングとは大気中のCO2を土壌に取り込み、農地の土壌の質を向上させ温室効果ガスの排出削減を目指す農法である。土壌中に炭素を貯留できれば、農地が炭素の貯蔵庫になり、温室効果ガスの排出を削減できる。すでにEUやアメリカではカーボン・ファーミングを排出量取引制度に取り入れることも見越し、調査や法整備を進めているという。
考えてみれば植物は二酸化炭素を取り込み、動物に酸素を供給するわけだから、この自然のしくみを最大限に利用するのが今ある危機を脱するはじめの一歩だと考えていい。その生態系のしくみを支えるのが土壌であることは間違いない。
土壌のしくみはまだまだ解明されていないが、日本で最初に自然農法を説いた岡田茂吉は、「生きている土の偉大な能力を発揮させる」として、大自然を尊重し、その摂理と規範に順応することが大事だと説いた。岡田の後に自然農法を広めた福岡正信は、「無農薬、無化学肥料、無除草、不耕起」を提案している。ゲイブも福岡正信に大いに示唆を得たとしている。
しかし、一般的な農家を継いだゲイブははじめから有機農業を目指していたわけではない。4年連続、壊滅的な大不作で、化学肥料も買えないほど経済的に追い詰められ、やり方よりも見方を変えるしかなかったのだ。大地とのつながりー土壌の炭素固定と生物多様性を取り返すこと、草原には家畜が必要だということも体験的に学んでいく。
そして、できるだけ自然に添って、不耕起で化学肥料や農薬を使用せず、農業と畜産を組み合わせことで、だんだんと収量、品質ともに向上し、採算の取れる農家となっていく。ゲイブは、土の健康を保つための基本原則として、(1)土をかき乱さない、(2)土を覆う、(3)多様性を高める、(4)土の中に「生きた根」を保つ、(5)動物を組み込むこと、の五つを挙げている。
土の生態系を回復することで気中の炭素や窒素を地中に取り込む。それによって作物はよく育ち、同時に気候変動の抑止も果たす。「リジェネラティブ」とはものごとの土台に立ち返って再生産するという意味だが、すべての生命の源である土壌こそ、あらゆる人々が立ち返るところなのだ。
翻訳をてがけた服部雄一郎氏は、この本を読んだことで畑や庭の見え方が変わり、庭いじりが俄然楽しくなったと記している。服部氏は「ゼロウェイスト」や「プラスチック・フリー」の実践者で、生ごみなどの有機物をEMで処理して土に還し、野菜を育てている。(ゼロ・ウェイスト・ホームへの道|第5回 台所のゼロ・ウェイスト①~生ごみコンポスト編~) ちなみに有機物の70%は炭素だ。農地はもとより小さな家庭菜園でもガーデンでも、私たちが土壌とつながれば、環境は一変するに違いない。耕作放棄地さえ、宝物に見えてくることだろう。
翻訳者・服部雄一郎さんのHP
【サスティナブルに暮らしたい】http://sustainably.jp/profile//
(文責:小野田)
土を育てる 自然をよみがえらせる土壌革命
ゲイブ・ブラウン(著)/ 服部 雄一郎(訳)
出版社 : NHK出版 (2022/5/30)
発売日 : 2022/5/30
言語 : 日本語
単行本 : 288ページ
ISBN-10 : 4140819006
【目次】
日本版に寄せて
はじめに いちばんの師
第1部 道のはじまり
第1章 絶望からの出発
第2章 自然をよみがえらせる
第3章 リジェネラティブの目覚め
第4章 牛が牛でいられるように
第5章 次世代に引き継ぐ
第6章 〝自然そだち〟
第2部 理想の「土」を育てる
第7章 土の健康の5原則
第8章 カバークロップの偉大な力
第9章 土さえあればうまくいく
第10章 〝収量〟よりも〝収益〟を
おわりに 行動を起こす
謝辞
訳者あとがき
参考資料