家族で安全安心のリンゴを届ける 町ぐるみでEMを使う板柳町
日本一のリンゴの産地である青森県に雪が降り始める頃、リンゴ農園の静けさは日一日と増していきます。青森のリンゴ生産量は、全国の58%にあたる約47万t(2015年)で、年間販売額で1千億円規模となり、台湾やベトナムなどへの輸出も年々拡大しています。しかし、健康食品として注目を浴びるリンゴですが、国内の人口減少で果実の消費量は減る一方。しかも深刻な担い手不足で、作付面積はこの30年で約2割の減少となっているなど、問題は山積みです。国や県は輸出を見込んで農園の大規模化を進めていますが、ほとんどの農家は小規模家族経営で、このままリンゴ農園を続けるか、止めるべきか悩んでいるというのが現実です。
そんな厳しい状況で、夢のもてる経営に挑戦しているリンゴ農家も少なくありません。そのひとつが、津軽平野の西にある板柳町でリンゴ、コメ、毛豆を栽培する長内農園です。板柳町は、ヤマセとよばれる強烈な風が吹き、寒暖差も激しい地域ですが、浅瀬石川や十和田霊水という豊富な水資源に恵まれた農村地帯です。代々コメ農家の長内良蔵さん(60歳)は、平成3年、コメだけでは先が見えないと田んぼの一部をリンゴ農園へ転換します。現在は、フジをはじめ8種類のりんご、「幻の枝豆」と呼ばれる毛豆、そして青森米の代表格、「つがるロマン」を合わせて6haの農地で栽培しています。労働力は、長男の将吾さんと元看護師を辞めて今年から農業者となった奥さんの久子さん。農繁期には3人の従業員が加わります。
転機は、平成14年に制定された『りんごまるかじり条例』(正式名・りんごの生産における安全性の確保と生産者情報の管理によるりんごの普及促進を図る条例)です。板柳町のリンゴ農家で、発ガン性が指摘される無登録農薬を使用したために、産地自体の安全性が問われる事態になりました。この危機に地元の有機農家が率先して無農薬化学肥料を使わない農法の推進と、1人ひとりの農家の情報公開に踏み切ります。町は、安全なリンゴを栽培する法律をつくり、同時にEM活性液を無料で農家へ配布する取り組みを行います。長内さんも、エコ農業研究会に加わり、EMで循環型の農業へ転換を図りました。
「EMを使い始めてから、3年目あたりから、雑草の種類が変わり、土の様子が変わってきた。今まで、リンゴの木しか見てこなかったが、木の下が大事だということが理解できた。土が変わると、当然畑の生き物たちが変わったが、一番驚いたのはキジや山鳩、かわせみなど鳥の種類が増えたこと」だと言います。稲ワラ、米ヌカなどの有機物をEMでたい肥化し、リンゴの花が咲く直前の5月末ごろに土に投入。その後、数回井戸水でつくるEM活性液を散布しています。この結果、リンゴの切り口がネバネバするほどの糖度の高いリンゴになり、病害虫で大きな被害もないとのことです。
毛豆担当は、元調理師から転業した将吾さん(33歳)。エコファーマーの資格を取得し、農薬化学肥料を一切使用していません。この毛豆は青森県で最も古い枝豆の在来種で、ほとんどが自家消費されてきました。豆の甘さと大きさが自慢で、地域の特産品にしようと「最強毛豆決定戦2016」が開催されています。今年は長内さんの毛豆が、見事最優秀グランプリに選ばれました。EM活性液をたっぷりと散布したためか、量質ともに最高のできだったとか。この毛豆の選別作業に協力したのは、地元の女性たち。この受賞に大喜びしたのはいうまでもありません。
長内農園では、農業体験ができる民宿も開業し、都市と農村の交流にも力を入れています。自給用をかねて作る野菜は、新鮮なうちに町の市や五所川原市立佞武多の館の軽トラ市で販売し、リンゴは特製ジュース、乾燥りんご、燻製用のリンゴチップなどに加工して、フル活用しています。規模が小さいからこそできる持続可能な農業をめざして、家族結束日々奮闘しています。
『りんごまるかじり条例』の策定に関わった板柳有機農法研究会のメンバーで特別栽培認定農家である福士忍顕さんは、「大規模化するには、高価な機械を買う必要があるし、不安要素が大きく、踏み切れない農家が多い。むしろ、安全安心な栽培を徹底し消費者に納得いく値段で買って頂く方が、大きくは健康問題も環境問題も解決するベストな方向ではないか」と話し、長年積み上げてきたEMの経験から、「果物の有機栽培は、なかなか難しいが、土壌に注目すれば、当然微生物の働きに行きつく。EMは家族経営でも取り組めるので、私も続けられます」と笑顔で語ってくれました。